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“旅行にお金を使うことへの罪悪感”を吹き飛ばしてくれた、ある70代女性の言葉

「お金っていうのはね、そうやって使うものよ。旅をして、見聞を広げて。するとね、人生ががらっと変わるから」

私は、知床から札幌へ帰るための長距離バスに乗っていた。取材のため、ひとりで、片道7時間の距離にある知床半島へ行っていたのだ。

バスの乗車時間は長い。夜行バスではなく昼間の運行だが、みんな、やることがないので寝ている人が多い。私はホテルでぐっすり眠ったので、眠たくなく、パソコンで仕事をしていた。

斜め前に座っていた70代くらいの女性は、周りをきょろきょろしたり、新聞を広げたり、隣にいるお友達らしき女性に話しかけたりと、ひまそうな様子。私のこともじっと見たりしている。元気そうな女性だ。

そのうちに、私に高級チョコの箱を差し出し、「これ、食べる?」と聞いてくれた。私が「チョコですか?」と聞くと、「ううん、コロッケ(!)」。自分で育てた紅男爵というお芋を使って、つくったそうだ。

本当に美味しく、「美味しいです!」と喜ぶと、女性は、札幌に住む孫に会いに行くこと、でもそれは建前上の理由で、本当は友達とテニスの大会に出るためだということ……いろいろな話をしてくれた。

ひとむかし前の私なら、あたりさわりのない返答で仕事に戻っていたと思う。でも、インタビューライターという仕事のせいか、興味が湧いてきて「お孫さんはいくつなんですか?」などとたずねてみた。

すると、会話のなかで、その女性はテニスのほかにもヨガが趣味で、大の旅行好き。日本国内は北海道内から沖縄までほぼ制覇し、海外も5〜6カ国を旅したのだと知った。

直近は、2020年に行ったインド。しかも訪れたのは、ヨガの関係で(詳細は忘れてしまった)首都ではなく、聞いたことのない、ちょっとマニアックそうな町のようだった(リシュケシュだったかな……? メモしておけばよかった!)。

亡くなった夫も旅好きで、夫婦別々に、好きな国を旅行していたそう

「日本がどれだけ幸せな環境か、わかるわよ。ぜったいに一度は行ったほうがいい。まずね、水が違うもの。日本みたいに、水道からいつでもきれいな水がジャーっと出るわけじゃないの。トイレもね、すごいわよ(笑)」

このときには、女性の右隣に座っていたお友達らしき女性も、おしゃべりに加わっていた。同じく70代くらいのお友達の女性も、(おそらく子育てを終えてから)アジア3カ国を旅したという。ふたりに、「一番いいと思った国はどこですか?」と聞くと、ふたりとも答えは「日本」。水まわりがきれいだし、安全で、「こんないい国はない」そうだ。

私は、来月、子どもたちと一緒にアメリカへ行くことを伝えた。ふたりは「え〜! いいじゃない!」と目を見ひらき、「今、アメリカってひとりいくらくらいなの?」「宿はツアーで予約したの?」などと興味津々で聞いてくれた。

「でも、本当は、こんなにお金を使っていいのかな? って不安なんです。うちは別に、周りと比べて裕福なわけじゃないし、老後のお金だって貯まっていないのに、今、海外旅行にお金を使っちゃっていいのかなって。しかも、アメリカは高いのに……」

私はふたりにそう話した。“贅沢”。私は、「アメリカ旅行へ行く」と言うと周囲にそう思われる気がして、夫以外、両親にもリアルの友人にも伝えていなかった。でも、この女性たちにはなぜかすっと言えた。

すると、斜め前の女性が言った。

「いいじゃない。旅へ行って、見聞を広げて、帰ってくる。すると、価値観ががらっと変わって、世界の見え方も変わる。お金っていうのはね、そうやって使うものよ」



「お金はできるだけ貯金しなさい」
「教育費は子どもひとりあたり1000万」
「老後に必要な資金は○千万」……

私たちは日々、こうした文言にさらされながら生きている。そのうちに、「お金を使ってはいけない」「贅沢をするのは悪いことだ」という無意識のバイアスを抱くようになり、おそるおそるお金を使っている人も多いのではないだろうか。

私も、そのひとりだ。

スーパーで数百円のものを買うならまだしも、万単位の出費があると、いつも胃がギュッとなる。しかも、それが税金関係や車検、子どもの教科書など、生きていくのにぜったいに必要なものではなく、「旅行」という娯楽になってくると、胃の痛みが倍増する。

今回のアメリカ旅行も、本当に「行く」と決めるのに1年以上かかった。

それでも決断できたのは、海外旅行の相場がみるみる高騰していたから。子どもたちが大学生になって、「留学したい!」と言ってもすぐに行かせてあげられるようにお金を貯めてる場合じゃない。10年後には、日本人が海外へ出られなくなっているかも…… 周囲の目をいったんシャットアウトして、自分の頭で考えたときに、そう思ったのだ。

それでも、贅沢への罪悪感は消えなかった。だから、「ぜいたく」とは一体なんなのかを考えた。

たとえば、地方のごく一般的な住宅街に、住宅ローンで家を買い、その1年後に数十万円かけてウッドデッキをつける家があったとする。周囲の家も、みんなそんな感じのエリアだったとする。

その地域ではそういう家が多いので、「ウッドデッキなんて贅沢して。。もっとほかにお金を使うところがあるでしょう!」と顔をしかめる人は少ない。

でもそれが、「アメリカ旅行2週間」だったら?

たぶん、多くの人が「贅沢ね〜」「いいわねお金があって〜」という感じの反応をすると思う。

自分が聞き慣れた、よく知っているもので、生きていくのには必須ではないけれど一般的に「やったほうがいい」と言われているものは高くても安心。そうじゃないものは、ぜいたく。

しょせん、「知っている」「知らない」だけの違いなのかもしれない。私はそう考えて、罪悪感をふりはらうことにした。でも、バスの女性に出会うまでは、やっぱり手放しで「楽しみ〜!」と言える心境ではなかった。

それが今は、純粋に、とてもわくわくしている。世界をその足で旅し、人生を楽しそうに歩んでいる彼女の言葉には、説得力があった。

子どもたちも夫もいない、知床への旅は、仕事とはいえ正直寂しかった。でも、こうした出会いに恵まれて、行けて本当によかったなと思う。LINE交換もできないままさよならしてしまったが、いつかまたどこかで、旅の思い出話ができますように。

そして、私と同じように、旅にお金を使うことをためらっている人がいたとしたら、彼女の言葉をぜひ思い出してみてほしい。

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