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冒険はいつだってノックをしない 第10話

第9話 / 第1話

第10話 夢のような現実

「ようこそはるばるお越しくださいました」
 そう言って船から降り立つ一行を出迎えた男は、イアンの友人カイト。深めの麦わら帽子を被り人懐っこい笑顔を見せ、「皆さん初めまして、カイトと申します」と続けた。
「可愛い帽子だな」と、飛びつくボンド。
「おい、その辺にしとけ。今回は遊びじゃないんだから」そう言うとヤクモはだるそうに頭を描き、どこかへ行ってしまった。
 初対面なのに何をしているのだとポカンとするハル。「ハルさん、あれはいつものことです。彼はすぐ戻りますから、先に行きましょう」イアンが答えた。
 船着場から、水の城までは城下町が広がり至る所に水路が張り巡らされている。沢山の魚や米を販売する商人や、買い付けする人々で賑わっていた。イアンとカイトは久しぶりの再会に会話が弾んでいるよう。
 一行はカイトの勧めで近くにある食事どころで軽く夕飯を食べ、城へ向かった。ハルたちが寝泊まりする場所は城にある客室だ。石造りの水の白は、至る所に水が流れ、魚も泳いでいる。
「ハルさん、水は全て飲むことができるんだぞ!」そいってボンドは水路に手を突っ込み水を飲み始めた。どこに行っても相変わらずのようだ。
「こちらが皆さんに使っていただく部屋です」カイトが大きな扉を開けると、そこにはベッドが四つ並べてある部屋だった。「まるで王様になったみたいですね」とイアンは話す。美しい大理石のテーブルに、美しい装飾がされた天窓、奥には城下町が一望できるテラスもある。

「カイト、立派な部屋を用意してもらってすみませんねぇ」軽くお辞儀をするイアン。
「とんでもないですよ。今回無理を言ってお願いしたのですから……これは内密な話なんですが、王様が体調を崩し、ただいま療養中でして……」カイトは申し訳なさそうな顔をしていった。
「その話はすでに耳に入っておりますよ」
 ハルとボンドは何のことかさっぱり理解していなかったが、ヤクモとイアンは勘づいていたらしい。水の惑星の王様が体調を崩したのも、この宇宙のバランスが壊れているせいなのだ。
「宇宙の樹の影響は自律神経もおかしくしちゃうのかしら。けど宇宙の樹が言っていたわ。『宇宙の樹は必要なものと繋がっている。樹の寿命が減れば、この世で必要なものの命が減っていくだろう』と……ね」
「まさにその通りです」イアンは眼鏡をあげて天井を見た。
「カケラは王様が明日皆様に渡すと言付けを預かってまいりました」
「カイト、ありがとうございます」
「これもヤクモ様が王様を説得してくださったおかげです」カイトはありがとうと深々にお辞儀をした。
 実は水の惑星に到着する前に、ヤクモは水の惑星の王様と連絡をとっていた。そこで宇宙の樹の存在、宇宙のカケラを集めなければいけないと伝えた。すると、潔く了承してくれたのだ。何でも水の国の民を守ってほしいからだと。
「旅でお疲れでしょう。こんばんはゆっくり休んでください。明日の朝、食事を済ませたら、係のものが伺います」
「分かりました。ありがとうカイト」
「あ、そうそう。今夜は雨がひどいみたいですから、テラスの扉は必ず閉めてくださいね」とカイトは念を押した。
「じゃあな、にいちゃん!」ボンドはカイトを廊下まで見送った。
「イアンさん、ヤクモはどこに行ったのですか?」なかなか戻ってこないヤクモを不思議がっていた。
「軽い趣味といったところでしょうか」何か面白そうに返事をするイアン。
「女か……」そう呟いたハルに、ボンドは「人助けだよ」と話した。
 ボンドはというと、大きなベッドにうつ伏せになっている。イアン曰く「ボンドは一瞬で眠れる才能を持っているから」とのこと。スヤスヤ夢の中だ。一瞬で眠ったボンドにハルは布団をかけてやった。イアンはいつの間にかソファーに座って本を読んでいる。ハルは徐にテラスにでた。ベンチに腰掛け空を見ると、星が輝いていた。
 ーーーーふと涙が溢れるハル。「長い長い夜が始まるわね……」
「なんでいるんですか!」いつの間にかハルの隣にはイアンが座っている。
「すいません、夜空を眺めておりましたら、ハルさんがいらっしゃったので気配を消してしまいました」
 ははっと笑うイアン。しばらく二人は何も話さずベンチに腰掛けていた。
ーーーーイアンが思い出したかのように口を開いた。
「私は……昔、この国で水の事故に巻き込まれているんです」イアンはハルに、いや自分に語りかけるかのように思い出を話し始めた。
「この国の川には人魚がいたんですよ。って言ってもヤクモは信じてくれませんでしたがねぇ」
「私はそんな話大好きですよ! 人魚はお伽噺の世界にしかいない生物かと思っていました!」ハルは興奮した声で話す。
「そうでしたねぇ。あなたはお伽噺が大好きですものねぇ。今では数が少なくなってしまいましたが、水の惑星には人魚がいましてねぇ、今も実在してまして彼らはとても大切に扱われています。私は、昔、川で怪我をしている人魚を見つけまして、助けようとしたんですよ……」
 ハルは空に輝く星を見ながら、イアンの話を聞いていた。
「その頃から宇宙の生物について興味がありましたから、川に潜っては魚を捕まえ解剖したり、人間はどのくらい水に適応できるのかなど研究をしておりました。人魚といえど動物、今までの研究で言ったら怪我をしている人魚を私は直せると思ったんです……怪我を私がなんとかできるのではないかと思ったんです。しかし私は医者ではありません。知識はあっても現場に立っていないから、いざ治療するとなったら怖くて何もできなかったんです。彼女は大事には至らなかったので水に自ら戻って行きました。今も……」
「それは仕方ないですよ。だって術者の惑星で勉強してないんですから。医者になるには私のように術者の惑星に行かないと無理ですよ」ハルは視線を夜空からイアンへ戻した。
「ええ。だから私は、自分にできるのは手術で人を治すのではなく、薬の調合をしたり、薬品を開発したりすることなんだと気づきました。無理して新しい方法を学ばなくても、私は私にできることをして人を治そうと思ったんです」
 船に来て仲間と過ごすようになってから、それぞれの特徴がわかったハル。その中でもイアンはストイックで、遅くまで本を読んだり実験をしたりして、朝は誰よりも早く起きて実験をする。時々隣から爆発音が聞こえてくるが。
「けれど、最近こうも思うんです。いくら沢山の本を読んで知識を身につけても使う術を知らなかったら何もならない。術者の惑星にいなければ、実践的に練習はできないと」
そりゃ許可が降りてませんからね。
 自分の目の前で亡くなっていく人を見ることは、どれだけ辛いかハルは知っている。なすすべがない時の悔しさも。
 ハルもそんなイアンに何もいうことはできなかった。昔母親に言われた言葉と全く同じものだったから。ハルは母を見返してやりたくて何度も手術の練習をし、実務で学んだ努力家だ。だからイアンの気持ちがすごく良くわかった。最後にこう伝えた。
「みんな同じですよ」
「そうですねぇ」
 満月の空の下、自分の不甲斐なさを感じ、上を眺める二つの影。そんな二人をヤクモはベッドの上からぼんやりと眺めていた。
「さあ、ハルさん。雨が降りそうですから、扉を閉めて寝ましょう」

 雨が降る、カイトはそう言っていたが、夜中、サイレンの音でオンボロ船の一行は目が覚める。この大雨で川の推移が上がってきているそうだ。
「船は大丈夫なんですか?」ハルが思い出したかのようにいった。
「水位が上昇したら、潜水艦モードになるよう設定してきたから大丈夫だ」
 ヤクモはボンドを揺すりながら答えた。
 とりあえず荷物をまとめましょうとイアンの声でハルは、リュックに荷物を詰めた。
 すると部屋の外からノックする音が聞こえてきた。大変です皆さん、高台に避難してください。案内は私しますので。そういうとカイトが足早に訪ねてきた。
「ありがとう」
 一行は城から出て、走って高台に避難した。多くの人が同じ高台に向かって走っている。
「じきにこの一帯は水没してしまいます」走りながらカイトは話した。
 避難して少し立った頃、水位はすぐそこまできたことに驚くハルとボンド。
「今までに見たことないくらいだ」水の惑星の住人が口々に話す。
「これも、宇宙のバランスが崩れている原因なんだな」ヤクモは真っ黒になった水を眺めながら呟いた。
 すると「私の子供がいないんです」 と、一人が泣き叫んだ。
誰もが命はないだろうと諦めかけた瞬間。
「試しにやってみますか」イアンが呟き、耳の上から杖と小さな石を取り出した。
「イアン、それはなんだ?」ヤクモが訪ねる。
「新たに作り出した水の中でも人を見つけることができる魔法です。みていてください」
 イアンが小さな石に呪文を唱えると、黒い光が出てきて人魚が水面に顔を出した。
「あら、イアン、久しくあってなかったわね」
「ああ、ジニアスすまんが人を見つけて欲しいんだ」
「分かったわ」ジニアスと呼ばれる人魚はイアンに答えた。
「報酬はきっちり払わせていただきますからねぇ」どこまでも律儀なイアンはこんなところでも報酬の話をしている。
「それはありがたいわね」ジニアスは美しく微笑んだ。
「おい、住所はわかるか?」ヤクモは母親に問いかける。
「城のすぐ隣の家でございます」子供の母親は我にも縋る思いで答えた。泣いている母親にそっと寄り添うハル。
 するとニヤッと笑いヤクモが叫んだ。「他に探したい者はいないか!」
「ヤクモ!」イアンは目をまん丸にしてヤクモに声を掛ける。
「ジニアスにはなんでもくれてやれ。それより早く救助しないと」
「わかりましたよ」呆れた顔のイアン。けれど嬉しそうだ。
 イアンは水面から顔を出しているジニアスを呼びこうつげだ。
「なんでも好きなものをあげるから、全員見つけ出してくれ」
「あら?なんで持っていったわね。分かったわ」口笛を吹くジニアス。すると他の人魚たちが水面から顔を出した。
「困った時はお互い様よ。みんなで探してあげるわ」そういうと一斉に激しい水の中に潜り人探しをした。
「もしかすると、ジニアスさんって……イアンさんがさっき言っていた水の事故で……」
「この話は内緒です」イアンは、唇の前で口を瞑る仕草をした。
「おい、お前は怪我人の手当ての準備をしろ」相変わらず命令口調のヤクモにイラッとした顔を向けたハルだったが、あたりの様子を見てハルは気合を入れた。
「ハル、僕も手伝うから言ってね」
「ありがとうボンド」
 そういうとハルはリュックの中から沢山のタオルや消毒液を取り出した。
「体が冷えているはずだからとにかく温めるものが必要です」そう話していると、カイトがたくさんの毛布を持って走ってきた。「ハルさん、こちらの倉庫のものを使ってください」そう話すカイトの後ろには、水の惑星の王様がいる。
「ヤクモはどこだ」と王様は野太い声をあげた。
「ここだぜ。行方不明のやつは沢山いる。確実に人手が足らないから、とにかく来れるやつは全員手伝ってくれないか」ヤクモが王に頼む。
 王が家来に合図をすると沢山の人がこちらの方にやってきた。
「よしハル、お前の出番だ」
 力強くうなずくハル。不安がっている表情はもうない。今は目の前のことに集中する余裕があった。人魚が子供を抱き抱えてイアンに渡す。けれど先程の母の子ではないようだ。低体温症で危険な状態であったため、ハルはすぐに手当てを始めた。他の人魚もどんどん救助してくる。
「私の子ではありません」
 悲しむ母の後ろでは、我が子に会えた安心感で泣き叫ぶ母親がいた。
「大丈夫。大丈夫だ」ヤクモは子供を待つ母のそばで伝えた。
「それにしても ジニアスは大丈夫なのか?」
「ええ、遅いようですね」
 大人も子供も合わせて三十人ほどの救助が終わった。皆脈も落ち着いている。
「……相変わらず人使いが荒いのよイアンは!」そんな声がどこからか聞こえてきた。ジニアスだ。
「よかった…」イアンは安堵していた。母親も喜びの涙を浮かべていた。幸いにも子供はハルの的確な処置で大事にはいたら買ったようだ。
「ありがとうございます、ジニアス。また私はあなたになにもしてやれませんねぇ」
「……いいのよ」
 するとハルが呟いた。「ジニアスさん、少し帯びれ見せてください」
「え?」
「少しチクっとするくらいですから」そういうと、ジニアスは川の中で横になった。ジニアスのヒレは、氾濫した水の中で何かに引っ掛けたのだろうか、少し傷付いている。ハルは持っていた薬を塗った。船の中でイアンにもらったものだ。
 じっと眺めるイアン。経過観察をしたいのだろう。水にはじくように作ったものの、実際ずっと水にいることはないから観察することができなかったのだ。
「ジニアス痛くないですか? 塗りごごちはどうですか?」
「な、何よ! 一気に聞かないでちょうだい!」顔を赤らめるジニアス。ハルは治療が終わったら二人っきりにしてあげようと考えていた。治療が終わった頃、水位が下がりそうだったので、イアンは人魚を封印している小さな石に戻す呪文を唱えた。
「ジニアス、報酬は……」
「あそこのお嬢ちゃんに薬を頂いたから大丈夫よ。あなたが作ってくれたんでしょ?」
「あ、いや、これは……」いつにもなく言葉を詰まらせるイアン。
 そういうとジニアスはイアンの頬に触れるだけのキスをした。そんな二人をみていたボンドの目を塞ぐハル。
「子供にはまだ早いわ~」そんな話をしていると太陽が登り始めていた。
「朝だな」ヤクモは大きな石にもたれかかり、うとうとしかけたボンドを抱き上げた。
 川の水がひき、落ち着いた頃ハルたちは城へと戻った。マングローブはどことなく元気そうだ。不思議そうにしているハルにイアンの友人が呟く。
「そうなんですよね。ここに生えているマングローブは背丈が高く時々大量の水に当たらないと枯れてしまうのです。最近は当たりすぎて少し元気のない気がしますけどねぇ」
「自然とは難しいですね」
 部屋に戻った時全てのものが水浸しになっていた。ここではよくあること出そうだが。

「そうだな。ここからは、夏の惑星の近くを通るルートで行くしかないか」
 ヤクモが呟いた。

「皆さん、王様がお呼びです、こちらへ」カイトに呼ばれたオンボロ船の一行は、ずぶ濡れの宮殿の中を通り王様の部屋に向かった。
 大きな椅子に腰掛け、並々ならぬオーラを払っている。水の惑星の王様はそんな一向に向けこう呟いた。
「本当にありがとう」
 今回の大雨では誰一人死者は出なかったらしく、王様は続けた。
「このひどい雨の中本当にありがとう。これをお礼に…代々伝わるカケラだ。お前に授ける。ヤクモ。宇宙を元のバランスに戻してくれ」
 そいうとヤクモの手のひらに小さなかけらをちょこんと乗せた。
「いいのか?」
「ああ、だが失敗は許されんぞ」
 ヤクモは返事をしなかったが、カケラをぎゅっと握りしめた。
 彼を見ると王様は優しく笑い、奥に消えていった。
「相変わらず無愛想な王様ですねぇ」ニヤニヤするイアン。
「仕方ない、あれは昔からだ」
「船長やったな!」
「ハルさんのおかげですねぇ」
「いや、私は何もしてませんよ」
 ヤクモの手のひらにすっぽりと埋まったカケラ。水のような綺麗な色をしており、心地よさそうに光っていた。

 翌朝一行は荷物をまとめて城から出た。船に戻ると、沢山の野菜や米や海産物が詰め込まれているところだった。
 すると、イアンの友人が米の中から顔を出す。
「あ、おはよう。これ全部あなたたちにです。少しばかりですが」
 喜ぶハルとボンド。
「カイト、世話になったな」ヤクモがカイトに握手を求める。
「雨で濡れちゃったでしょ? 今から夏の惑星を通過して行くといいですよ」
「やはりそうか」
 たくさんの人にお礼を言って、一行は水の惑星から飛び立った。

 次なる通過点は、夏の惑星だ。

つづく。


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