見出し画像

音ポスト③

※この記事は「投げ銭」スタイルの有料ノートです。実質無料で全文お読みいただけます。プロジェクトをサポートしてくださる方は、記事をご購入ください(文章下の「サポートする」からも、お好きな金額を寄付頂けます)。頂いた寄付は、来年以降の「音ポスト運営資金」にしたいと思います。

久々の「音ポスト」です。4月はコロナの影響でお休みを頂いておりましたが、5月からまた再開です。楽譜を通してみなさんと交流できること、とても嬉しく思います。音ポストでこれから読む作品も募集しています。下記フォームよりお申込ください。さて、音ポスト第三弾は、こちらの作品。

作品名:Trip-Slipping

※作曲をされた方のペンネームもしくは本名は、冒頭では伏せさせてください。仮にここでは作曲者さんとさせて頂きます。

上からフルート、バリトン・サックス、ファゴット、ホルン、打楽器、チェレスタ、そして弦楽器がバイオリン、ヴィオラ、チェロ、そしてコントラバスの10人編成の6分弱の作品です。中低音多めの変則的室内アンサンブル。

楽譜の中身について話をする前に、楽譜の冒頭に書かれた序文から読んでいきたいと思います。ここでは、作曲者さんの言葉をそのまま引用します。

「すごくパーソナルな、⾔葉では誰にも理解してもらえないような感覚を、⾳楽にする」

これを読んで、まず「うんうん、そうだよね」「わかるわかる」と深く頷きました。言葉で説明できないような個人的な感覚を、うまく表現したい。わたしもよく感じます。あの時感じた「キラキラ」であり「ザラザラ」。どうにも言い代えられない感覚をどう音に置き換えることができるか。

「演奏者に楽器のことを教えてもらいながら作曲したい」

二つ目に書かれていた「演奏者に楽器のことを教えてもらいながら作曲したい」。こちらは少し複雑です。というのは、「楽器」というのは実は「意志」を持っているからです(ここでは演奏家ではなく、楽器が、です)。「楽器」に限らず、「数字」「作曲上のルール」「彼・彼女たちの意志」を持っています。「あっちに行け、こっちに行け」と親切にも水先案内人を引き受けてくれます。

作曲家自身が行き先を見据えている場合は、この水先案内人の存在が有難いのです。でもゼロから音を想像する段階(まだ何も見えていない)では、「過保護な保護者」に成り得る場合がある。だって、そこに「答え」が置かれていたら、もう考えるのは止めるじゃないですか。

「パーソナルな感覚を」「楽器を熟知した上で」「自分の言葉で作り上げる」

作曲者さんがこの作品で求める音楽は、挑戦的なものだと思いました。だからこそ、とてもやりがいがあるし夢があるコンセプトです、そんな世界見てみたい!

さて、前置きが長くなりましたが、楽譜を見ていきましょう。

この一小節で曲が出来ている

私がとても感動して「これだけで何杯でも白飯食べれる!」と思った箇所があります(楽譜を楽しく読む比喩です)。限定的ですが、「四小節目の一拍目」

楽譜を見ていない方に少し説明をしますね。この一拍目は、Tutti(全楽器一緒に弾く)で書かれています。上から降りてきた音型が終わるところです。ここで何が行われているか、ピックアップしてみますね。この瞬間鳴るのは(打楽器を抜かすと)、全てドの音です。全てドの音だけど、とても細かくオーケストレーションされています。

バリトン・サックスは16分音符×4回の同音連打
ファゴットのフラッター
ホルンはffで吹ききる(恐らく余韻が残りますよね、ホワンと)
バスドラムは16分音符で五連符
バイオリンは、四分音符分でffからdecrescendo
ヴィオラは、八分音符分でffからdecrescendo
チェロは、16分音符で六連符
コントラバスは、16分音符で五連符

フレーズの終わりって、とても気を使います。最後の切り方一つで、イメージがガラッと変わるんです。でもその反面、気が緩んでついついフレーズの終わり方って作り込むのを忘れてしまうけれど、この四小節目はきちんと「作曲されている」んですね。そして、これがここだけで終わらず、同様の要素がSection IIに入って再び聞こえてきます。

管楽器のBisbigliando(ビズビリャンド、異なる運指で同音連打する)から続くようにバイオリンとヴィオラのトリルが大きな山を作り頂点に達した後、ff(フォルテッシモ)で始まるSection II。ここは、先ほどの4小節目に出てきたドの音の連打から始まります。

このドの音からピッチは広がっていき、心的な不調で身体のあちらこちらで震えがおきるみたいに(弦楽器はトレモロで、管楽器はフラッターや不協和音の重音を使って)、リズムに歪みが生まれます。この歪みは段々大きくなり、あの「四小節目の一拍目」の16分音符で作られた五連符・六連符の要素へと繋がっていきます。

そこからは、「16分音符の五連符と六連符」の組み合わせから「(16分音符)五連符、六連符と七連符」にリズムが分割され音楽が飽和し、今度は「Tuttiで、八分音符の三連符」となっていくわけですね。流れるように、美しく計算されて出来ています。

トリップ感

少し別の切り口で、この作品を見てみたいと思います。タイトルのことです。「Trip-Slipping」から「トリップ」について考えてみたんですね。トリップって色んな意味があるけれども、「旅行する」以外に「薬物などで酩酊している状態」も、「トリップ感」などとも表されます。ここからは、私個人の解釈です(作曲者さん、全く的外れだったらすみません)。

酩酊している状態って言うと、個人的にわかる範囲だと「酔っぱらっちゃった」感覚なんですね(作曲者さんが未成年だったら、適した例えでなくてすみません。あ、すみません連呼)。

お酒を飲むと「麻酔」作用っていうのを起こすそうなんですね。「麻酔」作用で何が起こるかと言うと、「抑制されていた人間の本能があらわになって、思考力・判断力が鈍くなる」んだそうです。それで思ったんです。「トリップ感」を出すためには、「抑圧された感覚、そしてそれを開放すること」「ある種の麻酔効果で、嘘の多幸感を演出」。この二つが、決め手になるかな、と。

それで思い出したのが、米国立精神衛生研究所が1971年に製作した「知りたがりのアリス」です。

「薬物濫用の危険性を子供たちに啓蒙するためのキャンペーン映画」だったそうなのですが、「残念なことに、このトリップ感覚はある種の楽しさを感じるもので、ドラッグの危険性を訴えるメッセージを弱めてしまう”(http://karapaia.com/archives/52171638.html)」と言われ、問題になった作品です(とは言え、サイケデリックな映像美は、一見の価値ありです)。

この映像を見て、トリップ感覚というのは、「楽しさ&危うさのコンビネーション技」のような気がしたんですね。この映像始まって40秒で始まる「穴に落ちる映像」なんかは特に、「危険な楽しさ」が見え隠れします。「思考力・判断力が鈍っていくプロセス」を映像で体験するみたいです。

「Trip-Slipping」の中でも、何度か印象的な上行・下行が出てきますよね。まずは、2・3小節目の下行するフレーズ。そして、11小節目から始まる弦楽器の上下運動、最終セクションの短く上下運動が繰り返される部分など。これがある種の「トリップ感」だとしたら、ですよ、もしかすると、少し理性が効きすぎているような気もするんです。どこか「楽しい危うさ」がない。

どうだろう。

トリップ感、奥深いです。また作曲者さんの考えも、いつか教えてください。作曲者さんが例として添えてくださった幾つかの映像も見ながら、また聞いてみたいと思います。

音ポスト③は、森田 拓夢さんの「Trip-Slipping」でした。森田 拓夢さん、ありがとうございました。次回、音ポスト④は6月に更新します。同シリーズを定期的にご覧になりたい方は、「同時代音楽のための月間マガジン」にご登録ください。ほかにも、現代音楽に纏わるコラムや対談など載せています。

最後に少し宣伝。今(2020年5月末現在)「仮想音楽家レジデンス・アカデミー」というのをやっています。素晴らしい演奏家のみなさんと一緒に作品を作ってみませんか?

ここから先は

0字

¥ 500

若手作曲家のプラットフォームになるような場の提供を目指しています。一緒にシーンを盛り上げていきましょう。活動を応援したい方、ぜひサポートお願いします!