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太田真紀&山田岳 × Cabinet of Curiosities より曲目紹介ーカローラ・バウクホルト作曲「噪音」

2022年6月29日(水)にとしま区民センターにて行われる「太田真紀&山田岳 × Cabinet of Curiosities」で演奏される曲目についての紹介記事です。本稿では、カローラ・バウクホルト作曲の「噪音(Geräusche)」について書いていきたいと思います。公演詳細はこちらよりご覧ください。

カローラ・バウクホルトは、1959年にドイツのクレーフェルトで生まれました。クレーフェルトのマリエン広場劇場で8年間活動した後、1978年から1984年までケルン音楽舞踊大学でマウリシオ・カーゲルに師事。パートナーである作曲家、カスパー・ヨハネス・ヴァルター(Caspar Johannes Walter)と共に自社出版会社Thürmchen Verlagを設立後、Thürmchen Ensembleを創設しました。多くの作曲賞を受賞し、器楽のための作品や演劇的な要素を含む音楽などを創作しているほか、現在オーストリア、リンツのアントン・ブルックナー私立大学の教授として後進の指導にあたっています。

カローラ・バウクホルトという人

カローラ・バウクホルトは、今回演奏されるスティーブン・カズオ・タカスギやハヤ・チェルノヴィンと同世代であり、彼ら同様、創作や教育活動のほか、若手支援のための活動や審査員など幅広く活動しており、今やドイツ語圏で活動する女性作曲家の顔とも言える作曲家の一人です。

作品についてご紹介する前に、彼女のインタビュー動画(日本語訳つけました、意訳含む)から一部をご紹介します。幼少期からカーゲルに師事するまでの過程や、女性作曲家として活動することについて、カローラ自身が語っています。

噪音(Geräusche)

舞台上には本来ない(はずの)掃除機やキッチンのあらゆる道具も、彼女の手に触れると楽器として非常に雄弁に音楽を語り始めます。これらの非楽器によって奏でられる噪音とは、彼女にとってどんなものなのでしょうか。

https://vimeo.com/260432802

若いころからマリエン広場劇場に関わってきたカローラですが、その経験もあってか、多くの演劇的な作品を書いています。その中でもカローラ自らが「噪音オペラ」と名付けている「Hellhörig(2007)」は、ほぼノイズによって進んでいく音楽で、今回演奏される「噪音」が作曲されたのが1992年ですので、その15年後に書かれた大規模なシアター作品となっています。

https://www.youtube.com/watch?v=0JvPZyhsYqs

2012年に「Hellhörig」に関連して行われたインタビューより、「噪音」について質問をされたカローラの答えから彼女の思想が垣間見れる一文を引用したいと思います。

インタビュア:あなたが使う素材は、力強く、精巧な取り扱いが必要なものばかりです。特に「Hellhörig」では、掃除機がオルガンのパイプを吹き、桶が床を引きずられ、石が音を立て、寝袋も楽器として利用されるわけですが、もしあなたの内部にあるフィルムにこだわるなら、その手間を省いてボタン一つでこれらの音が出せるデジタルサウンドに頼ってはどうでしょう?

カローラ:電子スタジオでも仕事もしたことがあるのですが、多様な音を出すためには、とにかく機材について熟知していなければならないんです。またその場合、デバイスの論理に入りこむわけですが、私はもともとの素材の法則により魅力を感じます。単純に素材の音響がより豊かだと感じるからです。リズムや音のスペクトルには形がないので、デジタル音楽にありがちな、あらかじめ多くを決めてしまうと、緊張感や不測の事態を排除してしまうことになる。(中略)私はそれをどのように音楽家の言語に翻訳するか、つまり、どのように音を楽器(できれば従来の楽器)に移せるかに興味があります。もちろん演奏者の音楽性が問われるわけですが、そこから何が生まれるのか興味があるのです、そこには驚くほど多くの発見があります。純粋なデジタル音楽では、私の好奇心を満たすことはできません。

https://www.stadtrevue.de/archiv/artikelarchiv/2736-ich-baue-auf-nichts-auf/

こちらのインタビューの中で、劇場での経験、またカーゲルやケージとの関係についてカローラはこう答えています。

カーゲルとの師弟関係が始まる二年前から、TAM※で活動していましたが、これはもともとPit Therreの指揮する教会の聖歌隊から発展した自由なグループであり、俗的なものとそうでないものの区別はそこでは意味がありませんでした(ちなみに、このTAM※マリエン広場劇場は今も続いている)。わたしたち(プロもそうでない人も)は過激な作品を同様にリハーサルし、その境界もありませんでした。そしてこのことが、私の音楽的成長を決定づけたのではないかと考えています。TAMでカーゲルやケージと知り合い、エルンスト・ヤンドルやサミュエル・ベケットを演じました。演劇、文学、音楽といった大きな区分けはありませんでした。照明、小道具作り、作品選び、ステージに立つこと、そしてまた全てを片付けること、みんなが全てをやりました。私にとっては、とても幸せな出会いでした。

https://www.stadtrevue.de/archiv/artikelarchiv/2736-ich-baue-auf-nichts-auf/

このインタビューでも触れているように、カローラにとって共同作業は非常に重要な意味を持っています。音響は信頼する音楽家との共同作業の中で研究され、試され、その過程の中で作られていきます。これらの作品創作方法は、恐らく彼女が培ってきた演劇的な経験から出てくるものではないかと思いますが、奏者の生の身体と共に発掘されたサウンドが、カローラによって従来の形ではない組み合わせで融合され、わたしたちの耳に新しい響きとなって表れてきます。

「Hellhörig」はストーリーのない「噪音オペラ」として書かれていますが、その真意はオペラにおいて非慣習的な「噪音」で書かれていること、またストーリーやテキストを中心に進められるオペラとは異なり、この作品において確固たる「お話」も「語られる言葉」もないことであると思います。

カーゲルとの関係性において、「カーゲル弟子」として明確な歴史的立ち位置の上で語られることも多いカローラですが、実際はその意識はなく、人が求める「歴史性」、「物語性」からは一線を画しています。楽音も非楽音も、楽器も非楽器も、そして西洋音楽の慣習や歴史さえも彼女の音楽の上では境界なく、全て開かれたものであるのです。

今回演奏される「噪音」ですが、ページにするとたった二ページほどの小品です。マテリアルはどこにでもあるような日常的なオブジェクトであり、楽譜上の音符にすると数十個の簡素なものでありますが、それに比べて演奏方法は数ページに渡って写真つきで細かく指定されています。

彼女自身、それまでの彼女の作品の中で一番過激であると述べていますが、作品はとても静謐に演奏され、決して誇張されることなく、そのオブジェクトがあたかもその音響を表現するためにあつらわれたのではないかと思うほど自然かつ豊かな音響を聞かせてくれます。


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