ききたい

宗像礼に〇〇について聞いてみた(3)

PPP Project 「ちょっときいてみたい 音楽の話」第六弾は、指揮者で作曲家の宗像礼さん。「なんでスウェーデン?」「ターニングポイント」に続き、最後は、時間と音楽について(わたなべゆきこ)。

時間と音楽

(宗像)僕はね、自分の音楽は一種のセラピーなんじゃないか、って思ってるんですよ。自分にとっての。

――(わたなべ)セラピー?

日本を離れてもう30年弱。人生の半分以上、外国に住んでいるわけなんです。アメリカに最初に移ったときは「日本には帰りたくない。アメリカが一番!」って思って、アメリカ人の友達を沢山作って、日本人を侮蔑していた時期もあったかな。ほら、アメリカに行っても日本人だけでつるんでいるグループとかあるでしょ。そういうグループと俺は違う、俺は凄いんだって思っていて、スウェーデンに移った後も、スウェーデン人の友達を沢山作った。その頃は完全に外国かぶれしていたわけです。

――あぁ、私自身もそう感じていた時期がありました。友人とも先日その話をしていたところです。

そして今43歳。段々年をとるにつれて、自分自身が日本に帰っていく感じがしてるんです。

――へぇ。

まず食べ物から。スウェーデンってご飯美味しくないんですよ。外食してもなかなか美味しいものにあり付けない。だから、何でも家で作る様になったり。それに日本語も話す機会がないから、下手くそになっていくわけです。娘が出来てからは、意識的に日本語を話すようになったり。そういう風に段々と、自分から日本を求めるようになって。

――その心境、わかるような気がします。私も、ドイツ語もままならないのに、日本語も崩壊してきたときに、凄く危機感を覚えました。

作品を作る上で、自分って何だろうって思うじゃないですか。自分が思っていた日本ってそこにはもうないし、自分の中の日本の記憶も、時間の経過と共に徐々に色あせていくわけです。それをどうにか取り戻そう、自分の記憶を掘り起こそう、とする行為が、パーソナルな作品に繋がってくるんだと思うんですよ。自分の子供の頃の記憶であったり、当時親が見ていたであろう、日本の風景であったり。

――ある種ノスタルジックな。「ALWAYS 三丁目の夕日」みたいな情景を思い浮かべました。

昔の曲なんですけど、「Shiomidai Dream」っていう曲があるんです。

――汐見台?

この作品は、自分の幼稚園のときの話と関連しているんです。幼稚園の先生が怖かったんですよね、「ご飯食べないとデザートはありませんよ!」って。今食いしん坊なのは、そのせいかもしれないです。

――(笑)もしかしたら、礼さんにとっての作品は、ポートレートなのかもしれないですよね。

確かにそういう意味では、セルフポートレート的な面がありますね。

――昨年PPP Projectとして委嘱したチェロソロの作品は、それも記憶の中の日本、と繋がってるんでしょうか。

2018年、8月に北嶋愛季さんに演奏してもらった「Wink」ですよね。

あれは、作曲前に愛季さんと話しているときにご両親の話になって、愛季さんのご両親と僕の両親と、同じようなジェネレーションだったんですよね。それでね、彼らが青春時代に、どんなことに没頭していたのかなぁ、と思った時に、思いついたのは「アイドル」だったんです。松田聖子を始めとする、1980年代のアイドルってあの時代の一つ、象徴じゃないですか。

――みんなが聖子ちゃんカットしたり。

そう。社会現象だったと思うんです。そんなことを思っている時に、たまたまyoutubeで、その当時の松田聖子がアイドルとして歌番組に出ている動画を見つけたんです。そしたらね、凄いんです。時代が違うのに、心が揺れたんです。「可愛い!」って思って。

――画面の中にいる、40年前の松田聖子にときめいた、と。

アイドルって何千、何万回って同じ曲を歌うわけじゃないですか。みんなからの愛や期待や、勝手な思いを一人で受け止めて、ステージで輝くって。二十歳の松田聖子は一瞬の存在じゃないわけです。人々の心に永遠と生き続ける。実際の松田聖子とは別なんですよ。繰り返されて、色あせていく歌と、それに反して永遠に輝き続ける、アイドルの魂、というか、もはやゴースト、とも言えるかもしれない。そういう、得体も知れないパワーを、どうこの作品で扱えるか、と。そういうことを考えて「Wink」を書いたんです。

――往々にして、親になると、追体験するじゃないですか。自分が子どもだった時に、親が、この視点で自分を見てたんじゃないかっていう。子どもだった自分の記憶と、自分自身の子どもの今と重ねてみたり。先ほどの、Tsutsuでは、娘さんが生まれてすぐ呼吸が止まってしまった話がベースになっていたけれど、「Wink」では別方向。「Wink」は、ご両親の視点ですよね。タイムスリップして、親が若かった頃の記憶を追体験しようとしている。これって、とても面白いと思うんです。だって、どちらも本来の時間の方向に逆らった行為でしょ。

時間と音楽って面白いテーマですよね。ほら、浦島太郎で竜宮城で過ごしていた時間は3年だったはずなのに、300年経っていたっていう。

――ウラシマ効果。アインシュタインの「特殊相対性理論」では、「動く速さが速いと時間は遅く流れる」と言われてますよね。

そうなんです。実際飛行機に乗ったりしても、体感できるほどではないけれど、小さいズレは生じるらしいんですよ。時間にはいつも興味があって、他の作品でも、時間の体感速度に関連した作品を書いたりしていますね。二つのグループに分かれて、一つの段々速くなる、もう一つは段々遅くなる。この二つがレイヤーになっている音楽。

――生きることは時間が進むことでもあると思うんです。だから追体験なり、親の目線であり、時間を逆走させようとする行為って、死から生の不可逆的運動性なんじゃないかな、と思ったんですね。実際ね、宗像さんの作品を聞くと、最初は「?」なんです。解説もタイトルも不思議なものが多いし、ご本人もあまりそこは語らない。でもわからないなりに聞いていると生と死だったり、「生きる」っていうことだったり、人生の根幹の部分を考えさせられたりして、決して不思議だけで終わらせない。とても魂が揺さぶられる音楽だと感じています。

まだまだお聞きしたいことが山積みですが、お時間が来ましたのでこれで一旦終わりにします。長時間のインタビューのお付き合い頂き、ありがとうございました。また新曲を聞かせて頂けることを楽しみにしています。

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宗像礼さんの情報はこちらから。
ウェブサイト
サウンドクラウド

Curious Chamber Playersのウェブサイト

次回8月の「ちょっときいてみたい 音楽の話」は、作曲家 稲森安太己さんです。


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