ききたい

宗像礼に〇〇について聞いてみた(2)

PPP Project 「ちょっときいてみたい 音楽の話」第六弾は、指揮者で作曲家の宗像礼さん。「なんでスウェーデン?」に続き、ここ十年で起きた生活上そして音楽上の変化についておききしました(わたなべゆきこ)。

ターニングポイント


――(わたなべ)私が最初に宗像さんの作品を聞いたのは、確か2010年のダルムシュタット夏季現代音楽講習会だったと思うんです。

(宗像)あの年のダルムシュタットは、実は苦い思い出しかないんです。公募作曲家として書いた曲も全然うまくいかなくて。

――確か掃除機を使った作品ですよね?よく覚えています。あの作品、評判良かったけどなぁ。

ほんとに?僕はそうは思わなかった。

――それまで、楽器以外のものをアンサンブルの中で使うっていうアイディア自体見たことがなくて、凄く衝撃でした。

僕の実感としては、全く手ごたえなかったんですよね。会う人会う人に酷評されたりもして(笑)その二年後に、Curious Chamber Playersとしてダルムシュタットに招かれて新曲を発表する機会をもらったんだけど、そこでもうまく行かなかったんです。

――ビール缶の曲?

そうそう。あの作品、変なところに力が入りすぎてしまったんですよね。「どれだけセンセーショナルなことができるか」って。

――一種ダルムシュタット病かもしれないですね。目立つが勝ち、というか。

端から邪心だらけで書いた作品で・・・今思うと。

――あの曲、ビジュアル的にも凄く印象深かったです。

そうですね。ギターリストがコーンフレークをむしゃむしゃ食べる箇所があったり、ピアノの蓋の上に並べられた200のビール缶が一気に下に落ちたり。ステージ上にあるワインボトルも割れて粉々になったかと思ったら、ピンポンボールが飛び散って、最後はステージ上がぐっちゃぐちゃになるんですけど、あの時は「どれだけ人と違うことをするか」ってそればかり考えてましたね。実際、凄く会場では評判が良かったんです。

――私もその場にいたんですけど、凄く盛り上がってましたね。「ブラボー!」って鳴りやまなかったのを覚えています。あの当時、10年以上ダルムシュタットに通っていたけど、10年間の中でも稀に見る盛り上がり様でした。

フェスティバルのオーガナイザーからも好評を頂いたんですけど、僕としては逆で、「これじゃあいけないな」って思ったんです。

――好評だったのに?

そう。うまくいったけど、満足しなかったんです。周囲の注意を惹きつけたいがために、どうしてこんな浅い作品を書いてしまったんだろう、と。そんなことを考えているところに、娘が生まれたんです。

――2013年、ダルムシュタットの翌年ですね。

そうです。娘の誕生が、音楽の上での一つのターニングポイントになったんですよね。

――というと?

娘が生まれてから書いた初めての作品は、それまでとは全く違う音楽になったんです。受け狙いとは真逆と言いますか、とても限られたマテリアルで、静かに進む音楽。

――それが2013年に書かれた「Shjo」っていう作品ですか?あの、お味噌汁を飲む動作が曲中に入っている。

そうそう。あの曲も食べ物が関連してますね。それまでは、例えば、てこの原理とか、飛行機のメカニズムを利用した音楽だったりを書いていたんだけど、娘の誕生以降、どうして自分という人間とかけ離れた題材を使うんだろうって、そこに疑問を感じるようになって。その時点から、自分という人間と密接に関わりのあるテーマを選ぶようになったんです。自分自身が本当に大事だと思うことだけを書こうって。


――そこから個人的なテーマを扱うようになった、ということなんですね。

「Shjo」の後に「Tsutsu」という曲を書いたんですね。

ソプラノとバイオリンとギターの作品。それは、凄くパーソナルな体験が元になっているんだけれど、娘が生まれて20分くらいしたときに、いきなり呼吸をしなくなったんです。そこから特別治療室に連れていかれて、人工呼吸を施されて。その時、医師が言葉もわからない、視力も殆どないような乳児に、真剣にこう諭すんですよ。「あなたはこの世に生まれてきたんですよ。息をしなさい」って。その光景が脳裏に焼き付いて。

――それって強烈ですね。

だから、この曲では呼吸がテーマになっているんです、普段呼吸するときって無意識じゃないですか。そうじゃなくて、気管支の中を息が擦れるように行き来して、段々と呼吸が浅くなって空気が薄くなっていくんだけど、最後は長い深呼吸で終わる。ここが望みと言うか、生死の死から生に向かっていく部分なんです、「生きろ」と。

その後も、こういった自分自身の心が動いた、パーソナルな経験をもとに曲を書いているんですけれど、あるとき友達に呼ばれて、ポーランドに行ったんです。ポーランドは所謂核家族じゃなくて、まだ大家族で住んでいるんですよね。もう何人も親戚が集まって、一つの部屋で生活を共にしている。そして、ポーランドでは来客が来ると必ず、「ピローギ」というポーランド式餃子を作って、振舞うんですね。場合によっては、準備に何日もかかるほど、手が込んだ料理なんだけど、それを大家族と一緒に食べたのが、とても暖かくて。餃子に包まった、家族の暖かさ、というか。

それが2016年に書いた「Pleats」というストリングカルテットの作品で、

この作品は、「ピローギ」を包む、という動作だけで出来ていて、最後は演奏家同士包みあうジェスチャーが入ってるんです。

――宗像さんが、自分自身の心に響いた題材を使うって、その姿勢が誠実だな、と思うんですよ。誰かにとっての〇〇じゃなくて、自分にとって大事なものを人に見せる態度というか。ただ、個人的なものは共有しにくいと思うんです。宗像さんにとっての「ピローギ」の暖かさは、私にとってはカタカナ四文字の「ピローギ」になってしまう。それに、それについて多くは説明しないじゃないですか。「これこれこうで、家族が暖かくて、ピローギはこういう意味があって」とか、そういうことは一切言わない。

説明はしないね。

――それはどうしてなんですか?

全てが理解されたり、共感されることは求めてないんです。ある種、なぞなぞ形式というか。構造的に、あそこがこうだから、こうなって、と理解できるようには出来ていない。でも聞いた後、何かが変わるかもしれない。この作品を聞くことで、その人の人生が変わったらいいな、と。

だって、もしプログラムノートに「ピローギの包み方を動作として取り入れてます」って書いたら、それを探してしまうでしょ。それだけで終わってしまう。そうすると、もったいないな、と。

――自由な解釈で聞いて欲しいと。

音楽を聴く時間は逆走しないでしょ。この音を聴いて、こう思うって音と共に自然に流れていくものだと思うんです。でもプログラムノートに先に書いてしまうと、地図を持たされた冒険のようなもので、目的地にただ移動するだけになってしまう。でも、音楽を聴く体験ってそうじゃないと思うんです。こちらがナビゲートするような音楽じゃなくて、聞き手がサバイバルするような音楽にしたいと思うんですよ。

――時々「最初はこのモティーフが出てきて展開して、次のセクションはこれで」って懇切丁寧に書かれてるプログラムもありますよね。

あぁ、それを良しとするかって、なぞなぞ好きか否か、なんじゃないかなぁ。例えば「丸くて白い、黒い点々が乗っかっているものってなんだ?」って聞かれたときに、「なんだわかんない!」って怒る人と、「なんだろう?」って面白がる人と、いると思う。だから、それは一概に「安心できるものがベスト」とは言えないんじゃないかなぁ。

それにね、「聞き手にとって特別な経験」って、こちらがお膳立て出来なくて、聞き手自らが発見するものだと思うんです。予定調和で進む音楽って、聞く前からどうなるか想像できるわけでしょ。

――なるほど。

芸術をやるんであればね、僕だったら「!」より「?」を選びたいと思うんですよ。

――「凄い!」より「わからない」が良いと。

「これなあに?」がないと、作曲する意味がないと思うんです。まず自分自身が疑問視しないと、いつも同じものをなぞってしまう気がする。

――「これなんだ?」より「これって凄いでしょ!」が多いんじゃないですか。

そうかもしれない。一回やってうまくいったことをどうしても繰り返してしまう傾向がありますよね。「これ凄いでしょ」「これ良いでしょ」「そんな僕凄いでしょ」って。一番良いのは、「これって良かったのかな?」「こんなんで良いんだろうか?」って作曲家自身が思うことなんだと思うんです。満足してしまわないで、いつも疑問を持って、次に進む。

――作曲家自身が陶酔してしまわないで、客観的に「疑問」を持つこと?

そう。だって、結局はね、自分のために書いているんだと思うんですよ。自分へのチャレンジなんです。そこから、演奏家に対するチャレンジ、最終は聞き手に対するチャレンジ。

――だから解説は簡素に、説明し過ぎないようにされていると。

最近試しているのは、楽譜の序文として、二パターン、解説を準備するようにしてるんですね。一つは、プログラムに載せる用の解説。もう一つは、演奏家用の解説。

――あぁ、それ良いアイディア!

演奏家用のほうには、「これは演奏家用です。聴衆用ではありません(他言厳禁)」って書いておくんです。

――ふーん、なるほどなるほど。

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宗像礼に〇〇について聞いてみた(3)は、7月10日更新です。お楽しみに。

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