ききたい

稲森安太己に〇〇について聞いてみた(2)

「ちょっときいてみたい 音楽の話」第七弾は、作曲家の稲森安太己さん。vol.1では「感覚的なもの」「タイトルへの思い」、そして話は「作曲家としての到達点」に広がっていきました(インタビュアー:わたなべゆきこ)。ちょっときいてシリーズ、バックナンバーはこちらから。

到達点


(稲森)最近ね、僕はいいかげんさ、とか適当さっていうのも大事だなって思ってるんです。ちょっと「適当な感じ」に聞こえさせたい、というか。

――(わたなべ)下手うまみたいな?

そうそう。

――上手く行かないところを敢えて計画的に作っておくとか?

そうなんです。そうじゃないと、いつも同じになってしまう気がしていて。「作風」が固定化してしまったら驚きもない、面白くないでしょ?

――でも稲森さんって既に失敗しない作曲家のイメージです。着実な作風というか。いつでも安定感のある作品を生み出しているじゃないですか。

そんなこともないですよ。さすがに今は、思った音が鳴るようにはなっていますけど、特に日本にいたときは「自分らしくない音楽」を書いて、大失敗していましたね。特に2007年、2008年、コンクールに挑戦していた時期。

――稲森さんが、若手音楽家の登竜門とされている日本音楽コンクール(毎日新聞社などが主催)で、一位を受賞されたのが2007年ですよね。

でも、そのとき書いていた音楽が、人を感動させるものだったか、っていうと、それはまた全く別のものだと思いますね。

――なるほど。あの頃私も、毎年日本音楽コンクールに出していたんだけど、全然ひっかからなくて焦ってましたね。稲森さんは、早咲きのイメージがあるんです。その当時賞を立て続けに取られていたし、聞くところによると既に16歳から受賞歴があったり。

いやいや、そんなこともないんです。確かに16歳で一度賞を頂いたことはあって、それがきっかけで作曲家を目指すことにしたんだけど、その後29歳までは何に出しても、当たりもかすりもせず・・・。でも、その時に書いた作品を今でも大事にしていて、そこから改作を繰り返して、別の曲として今発表したりっていうのはしてます。

――案外根本って変わらないんですよね。

そういうわけで、30歳近くになるまでじめじめとして生活をしていたんですよ、発表する機会もなく。アメリカ在住のマリンバ奏者、高田直子さんがまだデビューもしていなかった僕の作品を見出してくださって、折に触れて小品を演奏してくださったりはしたのですが、マリンバ作品の他には何の機会もありませんでした。現場経験がないと実際的な技術って上がらないじゃないですか、だからあの頃の未発表作品、今読むと「下手だなぁ、失敗してるなぁ」って思うんです。

――居場所もなく、ただただ書き続けるって相当過酷ですよね。

辛かったですね、あの頃は。経済的な理由もあって音大にも行かなかったので、仲間もいなくて、ひたすら地道に創作を続けていましたね。その時期がとても長かった。29歳で賞を頂くようになってようやく、少しずつ仲間が出来てきた感じです。

――現在はドイツで活動されていて、創作活動を精力的に行う一方で教育活動にも従事されています。はた目から見ても、海外で成功している若手作曲家の一人だと思うんです。

全然!そんなことないんですよ。実情はかなり厳しいです。成功という言葉で形容されるような生活はしていません。

――でもオペラを書かれたり、大きな委嘱をこなしていたりして、活動的にやってらっしゃる。

そう見られがちなんですが、本当にそんなことはなくて。自分でも「どうして大きなチャンスをいただいて来たのに、ものにできなかったんだろう」って落ち込むことも多いんです。

――でも、これまでに大編成の作品だけでも10数作品あるわけじゃないですか、管弦楽作品だけでも9作品。小さな編成を少しずつ発表することはできても、大きな作品は委嘱でないと成立しにくい。だから、もう立派にプロフェッショナルであると思うし、ある意味到達していると思うんですよ。

そうなんですよね、到達しているからこそ悩んでいるところもあって。

――昔みたいに明らかなるゴールってないじゃないですか。〇〇コンペティションで一位だったから委嘱が来るようになった、というのも聞かない。良い曲だったからって必ず次があるわけじゃない。どうやって、ご飯が食べられるようになるのか、誰にもわからない。道は複雑化してますよね。

自分としてはね、やりたいって思っていた仕事も出来ているし、理想としていた活動もさせてもらってるんです。そのことにはとても感謝しています。それでも、それだけで食べていくには厳しい状況というか・・・。社会が変わってしまったことに対して嘆いているだけじゃいけないんだけど、考えてしまいますね。

――わたしのように追う立場からすると、オペラを書いたり、何作品もオーケストラを書いたりっていうのは理想的ですね。

え?僕からしたら、わたなべさんを見上げる立場ですよ?

――は?

だって芥川作曲賞受賞されてるじゃないですか!ぼく、喉から手が出るほど欲しいんだから!

――(笑)ちなみに今年も、芥川也寸志サントリー作曲賞(旧芥川作曲賞)ノミネートされてますよね。

どれだけ苦い思いをしてきたか。ノミネートされた2回とも選考委員の誰からも名前を呼ばれないという(笑)

――でも、あれってその時に選考委員を務めていた作曲家の主観で決まるシステムじゃないですか。今年から聴衆賞があるけれど、基本的には三人が話し合って決める。それにね、ノミネートされてオーケストラ作品が再演されるっていうことがそもそも凄いことだと思うんです。だって、芥川作曲賞ってオーケストラ作品が、どこかしらで演奏されないと候補作品にも入れないわけですから、その時点でかなり敷居が高いわけで。

栄誉ある事だと思うんです、何度もノミネートして頂いて。でもね、壇上から、誰からも名前を呼ばれないって、なかなか堪える(笑)来てくれた友人にも何だか申し訳なくて、「ごめんね~!」と。だから一度目のノミネートの時は沢山人を呼んだんだけど、二回目は全然呼ぶことすらできませんでしたね、「気を遣わせちゃうな」と思って。今年は名誉ある三回目のノミネートなので(笑)、沢山宣伝していきたいと思ってます。

――今回のノミネート作品は、稲森さんのほか、北爪裕道さん、鈴木治行さんとまた個性溢れる三人が選ばれていて、聞く方としても、とても楽しみにしています。それに二年前に受賞された茂木宏文さんが、今回どうオーケストラと向き合ったか、とても興味があります。

今回は三曲とも室内管弦楽なんですよね。

――お三方、世代も趣向も、見ている世界もきっと違うだろうから、それがどうなるのかっていうのが、ハラハラ、わくわくですね。

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稲森安太己に〇〇について聞いてみた(3)に続きます。更新は、8月10日です。お楽しみに。

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