ききたい

森紀明に〇〇について聞いてみた(5)

PPP Project 「ちょっときいてみたい 音楽の話」第五弾は、作曲家でサックス奏者の森紀明さん。森さんは、日本でサックスを学んだ後、アメリカ、ボストンのバークリー音楽大学でジャズを、ドイツ、ケルン音楽大学大学院で作曲、電子音楽を学び、現在は拠点を日本に移し、幅広く活動されています。創作における「欲」「オーケストラを作曲すること」「敷居」から続いて、「A to B」についてお話を伺いました。

――少し話が変わるんだけれど、ジャズって、どう構築していくものなんでしょうか?クラシックって、わたし、どうしても聞くときに「A to B」で捉えてしまいがちなんだけど、ジャズでは?

A to B?それはどういう意味?

――最近、音楽とスピードは関連しているんじゃないかって思ってるんです。まず、ここで言う「スピード」は、楽譜に書かれた四分音符=〇〇の所謂「テンポ」とは別。A地点からB地点に行くときのスピード感。そのスピードっていうのは、その音楽が生まれた時代に発明されたもの、「乗り物」と関連がある気が、個人的にしてて。歩くことしかしらなかった人類が、馬に乗ったときの快感って、凄く新しい身体感覚だったはずなんです。それが車になり、飛行機になり、今や最速ってほぼ瞬間移動とか、そういうレベルの開発になっていると思うんだけど、その「移動感」がその時に生まれた音楽と関連してくるんじゃないかなって。

なるほど。車がなかった時代は、あのスピード感はもちろん知らない。日常の移動手段が歩行や馬だった、だからあんなに長いシンフォニーが書けたという事なのかな?

――そういうこともあるかもしれない。例えばロマン派の音楽って大体1800年代初頭から1900年代まで続いたわけだけど、蒸気自動車が初めてフランスで制作されたのが1769年って言われていて。ドイツ語圏だと、1870年にガソリン自動車が発明されて、1800年代後半にかけて普及していくんだけど、その中でロマン派の作曲家は「初めての車」を体験してるんじゃないか、と。私たちは、生まれたときに既に車も飛行機もあって、スピードに関しては別の感覚を持ってしまっているけど、その時代の、そのスピード感っていったら、物凄くインパクトがあったと思うんです。だから当時の乗り物が持つスピード感と驚き、そして快楽を、時代に寄り添いながら、イメージしつつ聞くと、凄く腑に落ちるんですよね、完全に超個人的な解釈なんですけれど。

確かにバロックの音楽とかって、スピード感はあるけど、それが停滞したり、動いたり、もっとぼこぼこしてますよね。

――今生きている人のスピード感って、凄く早いでしょ。身体感覚が最速で、馬を乗っているみたいな体感速度とか、それを乗りこなすための筋肉も必要としないし、身体の重さはない。だからシュテファン・プリンス(Stefan Prins)みたいな音楽が受け入れられるのかなって。

Stefan Prinsといえば、この間来日した時に彼の参加したインプロのセッションを観に行ったんだけど、インプロヴァイザーとしても素晴らしかったし、インプロのバックグラウンドも、彼の作品には色濃く反映されてるんだなって分かって面白かったです。彼はラップトップ(正確にはMaxで彼自身が作ったGranulator)を楽器として使うので、音の出る瞬間だったり、音の切り替えだったりが、デジタルで素早いんですよね。

――質は色々だけれど、こういう感覚を持った音楽って、概して昔より数が増えてると思うんです。とても速い音楽。でもね、個人的なことを言うと、スピードをベースに考えることをもうやめたいと思っていて。どうにか、この「A to B」の思考から離れたい。ここから逃れない限りには、新しいものは書けないんじゃないかなって。だってその時代の最速の乗り物は、次の時代では遅くなってる、絶対。もし速さが快楽と結びついていたら、そこがアップデートされると全く共感できないものになってしまう。

わたなべさんは、今までは「A to B」で音楽を考えていた、と。

――そう。「A to B」で考えることが染みついてしまっていて、どうにか違う思考感を持ちたいな、と考えて、それで10年以上前から「時間を切る」ことをやっているんです。「音楽の流れを切ったり折ったり」「その断面を見せる」っていうことを。

時間を切る??そして「折る」って、わたなべさんの最初のオケ曲を連想しますね。

――でも、音楽を切るのって凄く難しくて。通常の5線で書かれた楽譜のフォーマットって、弾き始めについて記譜する方法はたくさんあるんだけど(強弱にしてもアーティキュレーションにしても)、弾き終わりの情報が書きにくい、とても。つまり、厳密にいつまで伸ばすか、切ったときの音のテクスチャーはどうなっているべきか、意識していないと全部ぼやけてしまう。音響が美しいホールだと特に気を付けないと、どれも同じように美しく収まってしまうんですよね。

それがこの前のオーケストラと結びつくんですね。

――それで、話は戻るんだけど、ジャズでは「A to B」の考えってどうなのかなって。

ジャズって言っても、その中で細分化されているので、何を指すのかによって全然違うと思うんですね、前提として。でも展開があって、盛り上がりがあって、、、それも一度じゃなくて、何回も盛り上がりを作って、お客さんも一緒に乗せていくパターンが王道と言えるんじゃないかとは思います。そうじゃないものも沢山あるけれど。ただ、僕自身としては、そういう「A to B」じゃないものを求めている、っていうのはあります。自分のバンドのレパートリーはまだまだそういうものが多いんですが、それでも。

――なんだ、森くんもアンチ「A to B」派?

なんか、こう、お客さんみんな乗せて一緒に行くっていうよりは、それぞれの聴き方によって別の地点に行けるような、そういったマルチディメンショナルな方向性っていうのを目指したいなとは思ってます。僕、娘さんが言ってたような、「色を10色使って描いた」だけに見える絵とかすごく好きなんです。見る人によって、受け取り方がずいぶん変わると思うんですけど、そういうのいいなって。

――ジャズの中で、物凄く長い複雑なインプロとかってあるじゃないですか。ああいうものって、最初の地点は決まっているにしても、最終地点は見えてるものなんでしょうか?それとも、弾きながら探っていく?

それは、ほとんどの人は見えてないんじゃないかな。ただ、型みたいなものはあるから、、、その人が持つボキャブラリーっていうか、持っていき方の癖とか。だから、毎回180度違うものが出てくるっていうことは稀だとは思います。よっぽど何か仕掛けを作らない限り。

――それって作曲の創作上でも似たようなことあるなぁ、持っていき方が似通ってきちゃって、それを打破するためには何かトリックを持ち合わせてないと。

そうですね、話し方とも似ているかもしれない。どういう語彙を使って、どういう言い回しをするか。でもそれってなかなか自分では変えられない。その話者の変えられない部分を残したまま、違う道を通りたいなら、作曲上の工夫がないといけないと思うんです。異化するための工夫というか。

――あの・・・突然なんだけれど、私「チルテレ」が好きなんです。

え?「チルテレ」?

――あ、テレビの話。BS日テレの。友近とゆりやんレトリィバァがやってる短い番組。

テレビ全然見ないんですよね~。

――この二人がね、即興でばーっと話していくんだけれど。そうすると、すごい話が飛ぶ、それでも最後着地する。でも、その構造って「A to B」じゃないくて、ジャンプ、ジャンプ、ジャーンプして、最後は行きつかないで、時間が来たからっていきなり終わる。ジャズってそういう構造に近いのかなって、何も知らないから適当なこと言ってますが。

あぁ、わたなべさんが言っているのは、ジャズというよりはインプロの話かもしれないですね。広い意味での即興音楽という括りで言うと、そういうものってたくさんあると思います。

――なるほど。

インプロのイベントとかも、ちょくちょく聴きに行くんですが、例えばストップウォッチで30分って決めて演奏し始めて、それで時間が来たら終わりとかいうのもあります。サウンドアート系のパフォーマンスでもそういうものはある。前見て面白かったのは、音が出るオブジェをパフォーマンスとして組み立てるんです。それで、時間が来たらアラームがピーって鳴って、出来たものを解体し始める。

――それって、オブジェを作るっていう目的があるとか、じゃなくて?

目的は多分なくて、ただその行為を見せる。その過程で生まれた音響や空間を楽しむ、みたいな感じだと思います。

――あぁ、それって一種のプロセス・アートみたいなもの?音楽的な。

そうかもしれないですね。ただ、実際にオブジェがどんどん大きくなっていくのを目の当たりにするわけで、視覚的な効果も大きいですし、自分のすぐ近くにものが置かれたりっていうこともあるんで、触覚的というか、そういう要素もあって面白かったです。現代音楽方面でそういうことをやっている人ってあまりいない気がするので。そして自分もプロセスを見せるということに興味があって、そういう曲も作ったりしているんです。だから面白いと思うのかもしれないけれど。

森紀明に〇〇について聞いてみた(6)に続きます。

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東俊介×森紀明(作曲家×作曲家)共同プロジェクト「Crossings」
2019年6月21日に行われる関連イベント。

同プロジェクトのコラボレーターで、ダンサーの青木尚哉が主催するEBILAB/エビラボ。「音楽とダンス」と題して行われるこのイベントは、前半・後半の二本立て。前半は、ゲストディスカッション、後半は「持ち込み音楽」とダンスのマッチングパフォーマンス。詳しくはこちら

EBILAB/エビラボ vol.3ダンサー、青木尚哉によるリサーチプロジェクト
@海老原商店 EBIHARA-Shouten

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