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結局何を求めてるのか?

わたしたちは、音楽に何を求めてるのか。何かを伝えたいのか、伝えたくないのか。何をどう聞かせたいのか、聞かせたくないのか。

この前、森紀明さんのインタビューをしました。

そのとき、森くんが、こう言ってたんですね。

良い音楽に出会った時に「なんで、これは良いんだろう」ってよく考えるんだけど、大抵わかんないんですよね、理由が。わからないんだけど「この音楽が良かった」感覚って、その場にいる多くの人に共有されている時ってありますよね。あれが何なのかってよく考えるんです。

自分の「良い」と思った感覚が、人と共有されている時って何なんでしょうね。それは同じ種類の「良い」なんでしょうか。

わたしは「何かを作りたい」と思う気持ちの根源には、「感動体験」があると思っています。なので、何かに感動することって、とても大事だなぁ、と思うんです。子どもたち、若い方々には、沢山たくさん感動してほしい。

そして、その感動は人間の進化と深く結びついているようなのです。

人の脳はいま自分が体験していることに対し、感情と経験で培った価値観から判断して、それが自分を変革するきっかけとなるかどうかを察知します。これは人間が脳を進化させることで生き延びてきたことに由来するものです。(引用:感動創造研究所https://www.kandosoken.com/lab/story/05/index.html)
感動する場合は、大脳皮質からの抑制をジャンプして、直ぐに大脳周辺部の報酬系からのドーパミンのリリースに繋がる現象であるところから、それがどんな意味があるのかを判断する以前に、身体的な恍惚感に通じる高揚感が生じる。このように理屈を超えた感情であるところから、期待してみた景色や経験からは感動が薄く、思いがけないことが感動の大きな要素となる。その報酬系の思いがけないサージである感動は、性欲・食欲などの本能のレベルを超え、より高度な高次脳機能の感性に作用して、これまでの人生に関係する根源的な記憶を震わせるところから、脳に強いメモリーとして残り忘れられない思い出となる。(引用:人間はなぜ感動するか、http://h-nishida.com/index.html)

そして、感動と比較されるものとして「欲求」があります。アブラハム・マズロー(1908-1970)は欲求を五段階に分け、人はそれぞれ下位の欲求が満たされると、その上の欲求の充足を目指すという欲求段階説を唱えました。

下から順に生理的欲求、安全の欲求、帰属の欲求、自我の欲求、自己実現の欲求(引用:https://jibun-compass.com/maslow)

感動っていうのは、実はこれらの欲求を超えたところにある。でも、創造活動をするときにやっかいなのが、「欲求」と「感動」が紙一重のところにある、ことだと思うんです。分離できないほど、これらは癒着している。どう「欲求」と「感動」をどう分けていくか、そこが創作しているときに、一番難しいところだなぁ、と。これ、超個人的に、そう思うわけなんですね。

話が飛びました。今月のさっきょく塾エッセイ課題は

あなたの音楽は何優位ですか?音?時間?身体性?それとも別の何か?あなたの音楽を読み解く○○を教えて下さい。

音楽を読み解く、その土台には「感動体験」がある。これが、私のエッセイ課題に対するレスポンスです。誰かの「感動体験」に「共感」し、更に「共感が共感されていくこと」。

音、時間、身体性。それらは成分ではあるけれど、「感動体験」そのものではない。同じ成分でも、感動するものと感動しないものがある。

どうやって、その作曲家、もしくは作品の「感動の種」を探し当てるか。それが、その音楽を解釈するベースになるんじゃないかな、と。そして自らの音楽に繋がるのかな、と。

この数か月、森下さんとディスカッションする中で、そんなことをふと思ったのでした。


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ドイツ在住作曲家。Project PPP代表。jwcw(女性作曲家会議)メンバー。オンラインで学ぶさっきょく塾やってます。

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