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母のことと子ども時代のこと

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夭逝した母にまつわる思い出とか、自分の子どもの頃のこととか。
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#創作にドラマあり

手編みのカーディガンは父の宝物だった

「ゆきこ、これ覚えてる?」父がそう言って見せてくれたカーディガンは、私が中学1年の時に編んだものだった。かれこれ30年以上も前だ。大切にしまわれていたらしいそのカーディガンは、かすかに防虫剤の匂いがした。 父は、夏に母が亡くなると、付き添いに病院へ行く必要がなくなり、家に帰ってくるようになった。それまであまり行けなかった仕事上の接待や職場の飲み会などにも行けるようになった。 初めは仕事で忙しくしているのが嬉しそうだった。今まではできるだけたくさん母のそばにいる時間を作るた

初めての針仕事

母に、針に糸を通してもらい、四角いフェルトをもらって、ぷつりと針を刺してみた。見た目を裏切る堅い手応えに、決心を固める。 そのまま引っ張るとするりと糸が抜けた。玉どめをしていなかったからだ。 母が私の手から針と糸をとり、玉どめをしてから渡してくれる。 もう一度、フェルトに刺す。裏側に針が出ているので、フェルトをひっくり返して引っ張る。もう一度刺す。裏返して引っ張る。 初めての運針は長さ2cmの並縫い、二針。満足感が胸いっぱいに広がる。自分では見れないが、私の顔は輝いて