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洋楽の鬼コーチ

小学校4年の2月か3月の話だ。

放課後、学校の階段を一人で降りていると、
6年生の男子に呼び止められた。

「林…(※)さん? のぶゆき(仮名)のクラスの。
あ、オレ、きのみやのぶゆきの兄貴だけど。
のぶゆきが林さんのこと好きって言ってたぞ!」

と、ここまで一気に言って、
きのみやの兄貴は階段を駆け上がっていった。

※林=わたしの父方の名字。

はあ? 告白するのに、兄貴を使うの?

どんな兄弟プレーだよ!

自分で言ってこいよ!

自分で言ってこいよ!

きのみや、自分で言ってこいよ!

当時、新日(=新日本プロレス)が大好きだった私は、
“猪木のストロングスタイル”よろしく
「私のことが好きかどうか、白黒はっきりつけてもらおうじゃん!」
と、
翌日、きのみやの元に行き、口を割らせた。

「あのさ、昨日さ、きのみやの兄ちゃんに呼び止められて、
きのみやが私のことが好きとかどーとか言われたんだけどさ」

みるみるうちに、耳が赤くなるきのみや。

「それ、ホント?」

頷くのが精一杯のきのみや。

「……で!由希路は?」

「……いや、きのみやについて気にしたことがない……」

すまん、きのみや。延髄斬りを決めてもうた……。
心が猪木なだけにな。

きのみやが口を半開きにしたままフリーズしていたことを
今でもよく覚えている。


4月になり、学年が1つ上がった。
5年生になり、またきのみやと同じクラスになった。

ちなみに、きのみやとはそれほど仲良くない。
我が家に遊びに来る仲の良い男の子はクラスに8人ほどいたのだが、
そのグループに、きのみやは入っていない。
だから、きのみやとの接点がなさすぎて、好きになりようがなかった。


6月か7月になって、
きのみやが突然話しかけてきた。
「由希路さあ、ウチに遊びにこない?
兄ちゃんがさ、中学に入って、すげえ洋楽聴いてるんだよ。
由希路も音楽好きだろ?」

「聴いてるったって、YMOとかだよ?
全部、FM JAPAN(現J-WAVE)の試験放送の録音だし、
洋楽も聴くけど、歌手の名前、わかんないよ」

「大丈夫だよ、兄ちゃんがレコードを貸してくれるよ」

と、いつになくきのみやが一生懸命で、
子供のくせに「男って可愛いわね!」と上から目線で思ったのと、
きのみやに自分からけしかけて告白させておきながら
あっけなく振るという鬼のような仕打ちをした負い目もあって、

とりあえず、きのみやの家に行ってみることにした。


きのみやの兄ちゃんは、
以前会った時から4ヵ月ほどしか経っていないのに、
中学生になった途端、
「お前らとオレとは触れ合ってる文化のグレードが違うんだぜ」
という雰囲気を醸し出していた。

中学生デビューってやつだ。
小学生相手に、洋楽を教えたいのだ。

兄貴のひろゆきはベッドの上にあぐらをかいて、
いろんな洋楽のレコードを手にしながら

「林さんは、何聴いてるの?」

「え、YMOとか。あとはFM JAPANの試験放送とか、
FM YOKOHAMAを聴いてる。
あとシーナ・イーストンは聴いてる」

「オレ、YMO持ってるよ。ほら」

と、アルバム『SOLID STATE SURVIVOR』を手渡される。

「わっ!いいな!いいな!」

異様に食いつく私を見て、ひろゆきは満足そうだ。


「YMOのほかに、コレも聴くといいよ」

と、オリビア・ニュートン・ジョンの『Physical』を渡される。

ひろゆき、案外いいヤツだなあ、と思いながら、
2枚借りて帰って家のプレイヤーでガンガン聴いていた。


学校帰りにまた、弟ののぶゆきと一緒に、きのみやの家に行く。
レコードを返して、また兄のひろゆきから新しいレコードを借りるためだ。

今度はシカゴの『素直になれなくて』を貸してくれた。
ひろゆき、センス抜群じゃねえか!と思っていた。
ただ、その年に流行っていた曲をすぐに貸してくれただけだけど。


その次は、
「シーナ・イーストン好きなんだろ?」
と、『マシーナリー』を貸してくれた。
ノエビアのCMで使われていた曲だ。

「わっ!わっ!兄ちゃん、すごい。シーナ・イーストンまで持ってる!」

早い話、きのみやの兄貴のひろゆきは、
私の中の「友&愛」(=貸しレコード屋)だったのだ。


この貸し借りのやりとりを5回続けたところで事件が起きる。

いつものように、ひろゆきはベッドの上に座り、
洋楽の先生と化していた。
私と弟ののぶゆきは、畳に座っていた。

「由希路はさあ」

いつの間にか、下の名前で呼ぶひろゆき。

「オレのことをどう思っているの?」


キターーーーーーーーーーー!!!

失言は許されない!ここで失言は許されない!

「音楽詳しくて、すごいなあって」

「ほかには?」

「やっぱり、中学生は何でも知ってるなって」

「ほかには?」

「うーんと……」

「オレのこと好きじゃないの?」

『エヴァンゲリオン』の碇シンジじゃないけど、

逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。
逃げちゃダメだ。

「きのみやの音楽も詳しい優しい兄ちゃんだと思ってる」

「由希路、好きじゃないの?」

「良い兄ちゃんだと思ってる」

「そんなこと聞いてないよ。

由希路は、好きなのか嫌いなのか聞いてんだよ!」


顔を真赤にして逆上するひろゆき。

「男じゃなくて、人としては好きだよ」

「だったら、貸したレコード全部返せよ!
由希路の家にあるレコード返せよ!
音楽なんてどうでもいいよ!
もう来なくていいよ!
二度とこの家に来るなよ!」

常軌を逸して、
怒鳴り散らす兄貴の前で、完全に固まる弟ののぶゆきと私。

洋楽は餌だったんだ。
家に呼ぶための餌だったんだ……。
ひろゆきは、
あんなに楽しそうに洋楽について語っていたのに、
それもおびき寄せるためだったんだ。


はー、男ってコワイな~。


きのみやの弟とは、この一件があって以来、
ほとんど卒業まで喋らなくなった。


未だに困るのは、
オリビア・ニュートン・ジョンの『Physical』や
シーナ・イーストンの『マシーナリー』や
シカゴの『素直になれなくて』を聴くと、
ひろゆきに怒鳴られた一件を思い出してしまうことだ。


やっぱ、男ってコワイな~。


#洋楽 #CHICAGO #SheenaEaston #OliviaNewtonJohn #YMO

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