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新しい仕事。書籍編集者Day1 の不安と覚悟。

未経験で書籍編集者。入るのはバリバリのSaaS企業。どうしよう、みんなすごく「デキる」人なんだろうな。

チームがいい人たちばかりということは入社前からのフラットなコミュニケーションから伝わっていたので、あまり、入社その日に不安は抱いていなかった。受け入れ担当として動いてくれた先輩の、クッションのような安心感には今でも感謝している。

実際に不安を感じるのは、やはり業務のこと。
未経験者ということで「焦らなくていい」と新入社員のような扱いをしてもらっているけれど、今後責任が発生してくることには間違いない。

売れるか売れないかはコントロールできないところもあるが、企画を出せるか出せないかは自分の責任の範疇だ。

最初の2週間で、4つの不安があった。
ひとつめは、「読まなくてはいけない本が溜まりすぎる」こと。
2つめは、「情報に押しつぶされる」危機感。
3つめは、「みんなすごい」。
そして4つめは、「これは甘くないぞ」だった。

不安自慢をしたいわけではない。
でもたぶん、今しか書けないことだから。
そしてその不安すら、燃料になっているから。

書籍編集者としてキャリアをスタートした最初の1日。1週間。1ヶ月。そのときの「不安」について、ちょっと書いておきたい。

1.「読まなくてはいけない本が溜まりすぎる」

編集長、副編集長が会話の中で、ミーティングの中でタイトルを挙げた本を、入社2日目のわたしは漏らすまいとすかさずAmazonの検索窓に入力し、即座に購入していた。

また、本の種になるアイディアを考えていると、既に出版されている似たような主旨の書籍が気になってくる(「類書」と呼ばれる)。
書店に行くと、まだアイディア段階にすぎない企画の類書を漁って購入してしまう。

だから机の上には常に20冊程の書籍が積まれている。
これはいいのか、悪いのか。

入社4日目、編集長と電話をした。ぽろりと「この仕事していると、本が溜まって溜まってしょうがないですね」と漏らした。すると彼は、「僕の言う本なんて無視していいですよ」と言う。

「僕(編集長)や副編集長の言う本を全部読まなきゃと思っていたら自分の読みたい本が読めなくなってしまう。」

そうか、「読まなくてはいけない本」と「読みたい本」は違うのだ。

当たり前のようだけど、いざ目の前に本が積み上がると、いざ会話中に本のタイトルが砲弾のように降ってくると、やはり少しはやる気持ち、背伸びしたくなる焦りが生まれてしまう。Amazonでポチポチしてしまう。

それを偶然口にしたことで、積み上がった本の山を比較的早く崩してもらうことができた。

その日はホッとして、『脱資本主義』とか重たい本や自社の既刊ではなく、言葉と色に関する新書を読んだ。

2.「情報に押しつぶされる」

転職先は経済メディア。日々、様々なニュースが流れてくる。最初は「しっかり読んでリアクションして、自社サービスに貢献するぞ」と勢いごんでいた。

だけど、1週間で疲れてしまった。なぜかというと、オリジナル記事が面白いからだ。

特集が、面白い。みんなどうやって特集テーマを組んで、何日かけて作って、誰がタイトルを作っているのだろう... 自分にはない視点、ない技術。できそうもない。

自分が読者のときはまったく気にならなかったけど、自社の仲間が作っているかと思うと、焦りが生まれる。

記者や編集部の手腕を見て、「トレンドを追わなくては」「ビジネスパーソンの関心ごとを追わなくては」という気持ちになっていた。

また編集長と電話をした。ぽろりと、「特集が面白くて、みんなすごいなぁという気持ちになります」という話をした。のかもしれない。

彼は言う。

「6割『あなたの興味』、4割『マーケットがありそう』で企画を考えないでほしい」

私は最初、「そうやって考えてほしい」と言われているのかと思った。「4割は『マーケットを意識して』考えてほしい」と。そうではなかった。

「そうやって企画を作るなら、経験者を採っているから」

私の目から特大の鱗が落ちた。
「あなたの興味を突き詰めてほしい。個性を発揮してほしい」
そうか。この自分を、採用してもらえたのだ。感性付きで。

今までの仕事では「自分が出すぎる」「色々なことに興味がありすぎる」とネガティブに捉えられてきた。コンサルや商社、証券会社などそうそうたる経歴を持つ大人たちの中で、「場をいやしてくれる」が褒め言葉。

もちろん、「なんか、普通に育ててると違うっぽい」とその個性を認めて放置してやりたいことをやらせてくれた上司もいた。その人たちのおかげで、仕事に没頭できたり、楽しい瞬間を味わえたりした。それは今でも大切な思い出で胸にしまってある。

今度は、「個性、自分の興味に全振りしてほしい」と言ってもらえているのだ。それで、雇ってもらえたのだ。
こんなありがたいことが、あるだろうか。

期待に応えられるだろうか。想定以下だと、がっかりされていないだろうか。そういうことが頭をよぎることはある。
でも、まだ2週間だ。

1冊出るまで、1冊売れるまで、結果が出るまではネガティブなことを考えない。そう思っている。

3. 「みんな、今後生きていく技術を持っている」

エンジニアすごい。デザイナーすごい。記者すごい。アナリストすごい。事業開発すごい。BtoB営業すごい。プロモーションすごい。組織設計すごい。経理すごい。

さっきの件といい、どうしてこうも人と比べてしまうのだろうか。書きながらつくづく思う。でもそう思ってしまうものなんだから、しょうがない。

周りには、様々なスキルを持った人がいる。様々な形の課題解決の方法があり、みんなそれを持っている。
本を作る。
これは、何につながるだろうか?

周りのみんながたくましく生きていけるときに、何かとんでもない間違いを犯したのではないかと、頭をよぎることがある。一瞬、だけ。

まったく異業種・異職種からの転職をした。だから面接のとき、「今の職業ならどこへでもいける。書籍編集なんてツブシがきかない。大丈夫か?」と何度も確認された。

でも、本が作りたかった。
ツブシってなに?って思っていた。
今でもまったく後悔していないし、それを選ばない人生は想像がつかない。

この道を進むと決めたのだ。
あと2年で、エンジニアやデザイナーしか生きていけないような世界になるわけではない。

余計な目移りや不安は、新しい世界に没入していく上で、ノイズでしかない。今この新しい世界を獲得していく瞬間に、それ以外の選択肢について考えることの方が、遠回りで自分の人生にとってマイナスでしかないことが見えていた。

本を作る。これは人生でいちばんの、覚悟かもしれない。

4. 「これは甘くないぞ」

企画について編集長と話していたときだった。
「自分の得意分野」と思っていた領域ですら、彼にいとも簡単に打ち返される。自分の作りたいテーマについて、「興味がある」と思っている自分よりも詳しい。本の著者が言っている主張が、一言でさらりと出てくる。なんなら、似たような先行事例になる書籍を、彼が作っていた。

「これは甘くないぞ」
話しながら、そう思った。深く、思考する必要がある。勉強する必要がある。

だけど彼も、仕事で私より8年長く本の世界に関わっているのだ。自分の社会人人生より長い。

そう言い聞かせて、今日も本屋に行く。

自分の薄っぺらさに、自信を失いそうになることもある。
でも、生まれつき深い洞察力を持った人なんていないんだ。って言い聞かせる。
自分が準備をし、読書をし、人に会い、積み重ねればいいだけのことなのだ。

今、すごく幸せだ。
新しいことに、28歳から挑戦できること。その環境を十分すぎるほど与えてもらっていること。

営業も、研修も、企画も、本屋に行くことも、ニュースを読んだり、人に会ったり、Podcastを聴いたりして広げる情報収集も、すべて自分の仕事、本につながる。
今まで、自分事化できていなかったこの世の中。それが全部「本」を通して人生につながる。

覚悟の海に

まだ、何もできていない。
だけど、たぶん今しか書けない。

文章をタイプしながら「本」は「書籍」、「本屋さん」は「書店」にがんばって脳内変換した。なんなら一度打ちかけたものを削除して書き直した。これは必要な矯正なのだろうか?

出版業界の下座の下座に指を載せているような状態だからといって、この矯正をする必要があるのかはわからないが、なんとなく「社会人」としては矯正する必要があるような気がする。

「版元」とか「取次」とか「面陳」とか、新しい用語を学びながら。綿々と続くビジネスモデルについてレクチャーを受けながら。

タイトルを先につけるのか後につけるのか、類書を読むのか読まないのか、1から本づくりを学びながら。
新しい会社。新しい仕事。

かっこいいことなんて、実務に入る前にはいくらでも言えちゃうよ、と胸に矢が突き刺さるくらいの痛みを自分に与えながらも、宣言しておきたい。
社会に希望を灯す、本を作ります。


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