読書記録|山口 周著『クリティカル・ビジネス・パラダイム』
手に取ったきっかけ
山口周さんの著書を読むようになったのは、彼が広告代理店→コンサルというキャリアの持ち主でということもあり、仕事に対するヒントを得るために思考術や資料作成術などに関する著書を手に取ったのがきっかけだった。
そのうちに、”脱成長社会”や”企業活動の社会的意義”など私自身の関心があるジャンルの情報の発信もされていることを知り、ちょくちょく彼の発信内容をキャッチアップするようになった。
そんな著者が、「経済・社会・環境のトリレンマを解決するための仮説」を提唱する本を出版したときき、手に取らずに入られなかった。
”クリティカル・ビジネス”とは
この本の中で提唱されている”クリティカル・ビジネス”は以下のような点が特徴として挙げられている。
企業活動は、利益追求よりも社会運動・社会批判としての側面を強く持ち、社会の価値観のアップデートを促すものである
顧客は欲求を満たすべき対象ではなくなる
問題として意識されている課題へアプローチするのではなく、問題自体を”発見”するところからスタートする
社会的な問題にアプローチをするという共通点はあるが、従来の“ソーシャル・ビジネス”とは、”問題”が多くの人に意識されコンセンサスを得ているものなのか、否かという点で差がある。
”マーケティング”というコンセプトとの相反
この本の中で考えされられたのは、彼が提唱する”クリティカル・ビジネス”の考え方と従来のマーケティングの考え方は相容れないものということだ。
クリティカル・ビジネスを展開する企業の一例としてアウトドアブランドのパタゴニアが紹介されているが、彼らの企業活動は「自然環境を保護する」というミッションを軸に展開されている。
このように、クリティカル・ビジネスにおいては企業が掲げるビジョンには、マーケティング活動の起点となる”顧客”や”市場”という概念が含まれていない。あくまでも、その組織が「社会に対してどのような意義のあることを成し遂げたいのか」を中心に企業活動が構成されているのである。
個人的にこれまでは思考が及んでおらず大きな気づきになった点は、よりよい社会を築いていくためには”市場の欲望のセンスの水準をいかに高く保つか”が重要で、欲求の水準に対してその水準を高めるような啓蒙・批判をすることで、市場の欲求の水準を教育することが必要であるという意見だった。
そうしなければ企業はセンスの悪い欲求にばかり応えるようになり、社会はディストピアに向かうのみであると。
欲望の源になるのはどのようなモノやコトに対して魅力を感じるのか個々人の価値観に左右されるものであり、その価値観を形作るのはその人が育ってきた環境や教育、文化によって大きな影響を受けるものなので、彼らの価値観を批判・啓蒙を行うのが企業の役割だと著者は説いている。
近年のマーケティングでは、”カスタマーセントリック”という考え方が主流で、ターゲットとする顧客にフォーカスを置き、彼らが何を望むのかに応じて製品自体やプロモーションの方法をアジャストしてきた。
実際、私自身がこれまでにかかわってきた実務においても、ターゲットとなる顧客のインサイトの深堀りとペルソナ設計から始めることが定石となっていた。
だがしかし、基本的な生活を送るためには充分すぎるほどの物質的なニーズが満たされ、かつ、持続可能性が危ぶまれている現代社会においては、従来とは別のアプローチが必要で、地球環境や社会にとってもプラスとなる質の高い欲求を醸成すべきということをひしひしと感じた。
今後の”マーケティング・コミュニケーション”の役割
この本を読んで感じたのは、企業がどのような戦略をとり企業活動を行おうともやはり、企業が発信する情報(ビジョン・ミッションなどの広報活動やブランディング活動、販促広告など)が生活者への意識・行動変容に与える影響は計り知れないということ。よく考えてみれば自分自身のことを振り返っても、政府や自治体の発信よりも、企業から発信される内容によってサスティナビリティやサーキュラーエコノミーのことに興味をもつようになった。
クリティカル・ビジネスには、資本主義的な概念から生まれたマーケティングの資本主義的な概念とは相容れない点もあるがマーケティング・コミュニケーションの考え方を応用することで、人々の意識を変え、彼らの行動を変え、社会を変えていくことにつながるようなアクションをしていきたいと改めて感じられた点でも、この本に出会うことができてよかったと思う。
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