タイプ6の権威を別の言葉で表現してみる

8が混ざっていたら教えてください。一応おじさんと話しながら考えました。主に6w5に当てはまることかもしれないことです。

6の権威を、参考と表現するのはどうだろうか。6の説明にある権威というのは本当にそんな大げさではなくて、本やツイート、誰かの意見でもなり得るくらい、身近なものである。
信用できるかどうかをまずは考え、参考になりそうな本、参考になりそうだと思った意見を見つけ、この人がこう言っているから/この本にはそう書かれているからと考える。それが権威であり、6にとっての支えである。

ただこれは6がトライタイプにある人もなるかもしれないから、そこはちょっと考えなければいけない。

例えば、この記述に当てはまるからこのタイプ!となってしまうのは(以前も書いたように、類型を始めて3ヶ月くらいであればこうなるのも無理はないので、そこは切り離して考えること)、タイプ6の特徴であると言えるかもしれない。自分の中にある見えない不安を言語化してくれる(信用できそうな)書籍や人を見つけ、支えとすることにより安心を得ようとする。それが父親的存在との一体化である。自分を信用できていないから、6の方は自分の感覚を言語化してくれる何かや誰かを探すのかもしれない。または、この人もこう感じているから、と相手と自分は同じ不安を共有できる仲間であるとみなすのかもしれない。

(おじさんのツイートをもとに考えたこと)
自分がこう見えたらいいな、このタイプに違いない、これがいいな、と望むタイプがあったとして、6の方は診断や詳しい人を権威とし(参考にし)、自分がそのタイプである証拠を探し、権威から(参考元から)お墨付きという名の保証をもらおうとする。権威(プロや信用している有識者。その有識者にはどんな経歴があるのか、どんな資格を持っているのか、どういう考えのもと診断を下すのかと多角的に判断するのが高次元ソシオTe。プロや有識者がこう言っているから信用できると考えるのが6。ただし自分が信用する権威以外には反抗的)がこう言っているのだから、こう言ってもらえたから、私は大丈夫なんだと。ほしい言葉がもらえなかった6は、諦めて自立する道を選ぶか、他の権威を見つけるかする。もしくは、今までの従順な態度を一変させ、相手に攻撃したり、噛みついたりする。権威に従順でありながら反抗的というのは、こうした矛盾した態度のことをさす。(私は権威にされたらたまったものではないので、少しでもそういうのを感じ取ったら、ほしい言葉や答えを与えるのではなく、相手を考えさせることに徹している。そうしなければ、本当の自認は見つからないから。適当にそのタイプかも、などと言うのは相手にも自分にも無責任であるように感じられる)

※健全な6の方はこの限りではなく、きちんと自分の自認に向き合い、自身でちゃんと考えようとすると思います。私の相互にも数名います。

話は少しずれるが、あまり健全ではない3の場合、世間の見え方色んな人の意見取り入れながら、そのタイプである自分という評判を作るので、3-6で共通のラインが少し見える。

他者の内面を洞察する能力を持つ一方、タイプ6は、自分の内面を把握することが苦手だ。彼らの意識は、常に外部に向かっている。脅威を感じると、彼らの意識は、より一層(略)

9つの性格より

このような6の性質も相まって、6は自己理解が苦手な面もあるのかもしれない。

6の集団も文字通りの意味ではなく、集団で共有されている価値観をとりあえず一番上に置くみたいな感じらしい。集団を好まない6ももちろんいるだろう。

その集団で誰がどのような役割を果たしているのか、誰が発言権があるのかを無意識に気にしてしまう。目をつけられたら厄介なことになるから。9は自分が行動したら今ある調和が損なわれてしまうと考えるが(今に焦点があたっているガッツセンター)6-9のラインは、未来の不安に目を向ける(ここでこれを言ったら、面倒事なことになるんだろうな、のように)。
ハートセンターとは違う意味で、誰にどう思われているかを気にしている。自分が脅かされないために。

F型のタイプ6の場合はわからないが、T型の場合、この場ではどう振る舞うべきなんだ?(どう振る舞えば権威と一体化できるんだ?)と考える傾向にもありそう。こう振る舞ったほうが相手は嬉しいだろうな、こういうふうな気遣いは相手にこう影響するだろうな、などではない。
6の場合は、その集団独自の基準やルールに自らを合わせるといった感じか。仲間外れを恐れる6は(孤立させられることを恐れる。これは集団のみならず、職場、学校、もっと言えば社会など、広範囲に及ぶ)、素早く権威を見つけ出さなければ、生き残れないと感じる。

これを私は全く悪いことだと思わず、むしろ気配りができる気遣い上手な人だと感じられるのだが、6の人からするとまた違ったりするのだろうか(だから6自認に抵抗がないとも言える)

人の顔色をうかがうことも生存戦略の一つであり、時には必要だと私は考える。というか、それができないよりできた方がいい。

また、6の方は役割というものをごく自然に感じ取るため、女性は女性の、男性は男性の、社長は社長の、先生には先生の、生徒には生徒の役割があると考える(3-6共通かもしれないが、そういう役割や評価、立場を通して6は自身を見ているから、どこか客観的になってしまう。一方の8は常に主観で自分)。この役割に反抗する形で、6の女性は男性らしい強さを求めることがあるが、またその強さも役割を元に考えたものである。

4の認識する個性は、その人個人が持っている輝きを意味するのに対し(4の主観的な絶対基準。個性を言葉のままに捉えてしまうと、4の世界観が掴めなくなるため、4の人が何を伝えようとしているのか、耳を傾けることが大切)、6の認識する個性は、あの人はこういうキャラ、この人はこういうキャラ、などと役割を当てはめる感じ。あの人はこうだけど、自分はこういう役割。自分変だから、自分は変わってるから、などと先に予防線を張る(その発言により相手がどう出るのか疑う。6の試し行為にも繫がるか)。そういう相対的なものの見方をする。

父親的存在と一体化していることから、独立が6のテーマになるか。

彼らは、サボタージュという形で反抗することが多い。一方、恐怖対抗の面が発揮されれば、自営業などに就くことが多く、さらに労働組合の活動や市民運動などで活躍するケースもある。

9つの性格より

おじさんと私は、統率者は6のほうがふさわしいかも、と話していた。6w5はシステムビルダー、6w7はキャプテンというような表現でもいいのではないか、と思う。

8と違うのは、母親的存在から貰う愛を支配されるもの、コントロールされるものとして認識しており、あまりありがたくないものとして感じられる点か(これは6の方複数名の証言がある。一方、8持ちである場合、母親的存在からの愛情を温かく、傷を癒やすものだと認識している。こちらも自分含めた8持ち何人かから直接聞いたこと。第三者からしてもそう見えるらしく、相互がそれに関しての考察を出してくださった)。

ソシオTeと6との説明が混同されることがあると思うが、ソシオTeはその情報を自分が活用するにあたって、元になる情報が間違っていたら全部やり直しになるから、誤情報を広めたら大変だから、と情報を活用する側の立場で考えるため、そこで区別がつくか。自分の信じるものが脅かされるのが怖く、不安を覚えるため、例外のないシステムを好むわけではない(システム、外側の参考に基づく信念などに意識が向くのは6w5の傾向。6自認の相互のツイート参考。6w7は仲間に関心が向きやすい)。

信用できる参考元には忠実だけど、それ以外には懐疑的。Aという本と同じくAという本のみを参考にしているBさんの話は信じられるが、それ以外は信用できないので、反発する(6の仲間はそういう、同じ志を共有している者たちと考えてもらえればわかりやすいと思う。仲間も父親的存在に基づくものと考えられるか。一方の8は、同じ志は別に持たずとも構わない。母親的存在のような温かさのある相手を好む)。それ以外の人に自分の信じているAという本に基づく情報をを脅かされたくない。ただし、信用に値すると思った参考元が信用できないと思えば、反発する。

もしかして脅かされるのが怖く、それを不安に思うから、例外のないシステムを好むのかもしれない。

7は面白ければいいや(今の不安と痛みから目をそらせればどっちでもいいや)になるかもしれなくて、5は外部情報を非難されても自分の意見に影響はないから(外部情報を元に考えたものを自分の中に知識として溜め込む)、自分が参考にした外部情報が叩かれても不安に思うことはなく、言い方諸々配慮されているものであれば、むしろその意見を積極的に取り入れ、持論の強化を試みるだろう。知識そのもの+その知識を元に考えたこと(持論)で頭の中にマップを展開するといった感じか(5自認の相互の言葉を借りている)。なんか違うなと思ったら1つ戻る。頭の中でマイクラをしているように見える。

5の説明にある知識という言葉をそのまま捉えるのは少し違う、と私は最近気がついた。外部の知識をそのまま溜め込み、そこを拠り所にするのは6のように見える(分解すれば、それは自分の外側にあるものを拠り所にしているのと変わらない。例えば、あの本に書かれているならそれが正しいと信用し、その知識に導いてもらおうと考えるように)。外部の知識を取り込み、元の意見は関係なく、自ら生み出した持論(自分の考えたこと。Tiに近しいか)を拠り所にするのであれば5。

6の場合は、信用できると思った参考元に不信感、不安を抱き、今度はそんな意見は参考にしない、信用できないと反発する。
5はなぜ急にそういう方針になったのか、と考え、持論を持つ。

6sxは9統合をしている場合、自分の強さを拠り所にしたり、自信を持ったりする場合があるらしいが(相互より)この仕組みはまだ私個人として理解しきれていない。

私の相互にもトライタイプ+分裂先に6があるため、自身を6だと思いこんでしまった方がいる。そこの精査も必要になる。私の場合、例えば6の恐怖対抗型の説明を自己感覚を通した主観で行う際に、タイプ8の傷と切り離すことができない。仲間=同じ志を持った者たちの集まりと捉えられず、自分が大切にすると決めた人たち、自分の責任下にある人たち、立場の弱い人たちと考えてしまった。6の支え=母親的存在だと解釈してもいた。それだけではなく、母親的存在から愛をもらえなかったから、父親的存在と一体化することに決めたと思いこんでいた。目の前の名声に興味を示さないのは、それより大切なものがあると気づいたからだと解釈した。私は至って真面目に考えたのだが、相互15名ほどに見てもらったところ、明らかにおかしいと言われた(FF外の人にまでガッツありすぎと言われていた)。通話にてどこがおかしいのかと何度も尋ねたが、理解するまでに時間がかかった。

このように、なぜか解釈に他タイプが滲んでしまった場合は、そちらがその人の自認になる。自分の主観的感覚を通した各タイプの解釈を一度真剣にし、それを他の人に見てもらうのがいいと思う(なるべく色んなタイプの人に見てもらうのが望ましい。ある程度知識のある方に読んでもらうこと。できたら20人くらいに見てもらった方がいい)。

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