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短歌研究新人賞2024応募作「ランビック」

『ランビック』

ランビックビールの香りあかいろの猫を心のうちのみに飼う

うらがわの心地に眠る余所ゆきのつもりで買ったパーカーのボア

淋しさは海底にさすひとすじの傷跡だろう 誰の指だろう

五線譜を眺める人の上空に誰にもさわれない国はある

黒鍵の痛みに触れるときの音しずかな夜にいっそう響く

歯肉炎とろけるようにいたむんだうまくわらえているかふあんだ

杉の花は街を黄金に染めあげて会話を攫ういたずらをする

離弁花のふりをしていた合弁花 つよがりは案外うつくしい

秘密からもっとも遠い夕暮れを蕾のままに咲く菫たち

瘡蓋に覆われている鰐梨は青果売場の暗い片隅

バロットは光を見ずに死んでいく光のほうからはそう見える

水生の比よりつづく慰みの静脈血をここに断つべし

新春の祝詞にしみた肥土をいまにも裂いて鳴けよ牛蛙

熱病のはげしき夜は天井に三度くちづけするお呪い

みずからで崩れてさらに燃えあがる薪木のようにふと目は覚める

死ぬまでに行きたい名所百選を僕の棺に入れてください

新しく服を買うのは天国へ近づくための祈りみたいな

酔うことは酒が誕生した町の祭囃子にみたされること

胸郭にしづかなるものしづかなれ曇りの夜の酒に飲まれて

熟しゆく夜の泪のすっぱさにかなしみの味おぼえはじめる

本来の意味を失ってしまった祭りのように歳を重ねて

まちがえて飲んだ歯磨き粉は光る誕生日プレゼントみたいに

写真紙に火をつけたなら溶けだしていまに向かって流れ込んでくる

病院のにおいは歳をとらないで永遠を信じてしまいそう

たった一人ババ抜きをしているように財布の薄くなっていく日々

南極に雨が降らないかのように歩きつづける道のかたさを

眠くなる薬を飲んで眠らない遊びに耽ける 世は花嵐

悔しさを持つ魂よやすらかにホールトマトの缶詰のなか

覇王樹の窓辺に朝が来ることのひとしさにその声を許そう

死するまでひたすら白き骨うずめ微かうごめくわが冬眠夢

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