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連作30首「まっすぐまがる」

川がなぜそこで左に曲がるのか君は教えてくれようとする

液晶に囚われている歌姫を連れ出せたならバイクにのせて

条約はどこか遠くで結ばれて利き手ではない手をつなぎ合う

まっすぐに歩ける今日も透明な犬が私を引っ張っていく

唇の皮をめくって春の風 生きていたさを言いそびれない

夜道から生まれた君は目がよくてひとつも愛せないものはない

不可思議な昼寝の果てに行き着いた改札のない駅で眠った

どうでもいい物事はみな桜色 川を渡っていく通学路

街じゅうの鉄は真っ赤な想い出を夜風のたびにはっきりとする

晴れた午後バックミラーに遠のいた白くて赤い緑の風が

飛び魚のような睫毛でこの夜を何度もとらえなおしてみせる

砂漠では真っ直ぐ歩けないように君の左や右にいること

もう家に帰れないほど夕焼けのポップコーンの咲き誇る丘

ランデブー ランドリー ラベンダー ラズベリー 衛星は時折すれちがう

みんなから好かれるような人間になりたい 桜 ミラクルひかる

頬杖は炎 あくまで隣人に悟られないゆっくりな静けさ

真夜中の住宅街にひそむキリン 夢に出てくる果実をもとめ

あおむけの君の寝息に乗っかった太陽系はたどたどしくて

流鏑馬で射られたように次々と掻き消えてゆく昨日の自分

一晩中くしゃみが走り回るせい ひらがなの「く」になってしまった

れむすいみんのんれむすいみん 濃やかな波のときどき寄る眼鏡橋

タランチュラ わけもないのに走りたくなるとき僕はやや不健康

たんぽぽの綿毛も渡る信号を私は渡れないままでいる

世の中にわりと失望した君の犬歯に指をはさまれてみる

結末を急いでしまう悪い癖 春のフルーツナイフ淡くて

空論をのせた机を追いかけて雲をのぼっていった白猫

薔薇ならば必ずもっているという哲学をこの手で見つけたい

地下鉄のこわいこわい空洞 雨の 森の暖炉の火にさわれない

裸足でもひもはほどける そう思う心のせいで夏につまずく

してみたいことはたくさん今はただ風のベンチで横になること

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