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連作30首「水際族」

襟足を尾鰭みたいになびかせて雨をよろこぶ人と歩いた

幽霊とサカナと秘密警察がうたっておどりだす梅雨祭り

限りなく透明に近いターコイズ 私は愛の秀才になる

青い服だけが行き交うある街をずっと眺めていた曇りの日

呼ばれても夕陽に黒く染められて水際族として生きていく

将来はうお座になりたい 天井の泡をシャワーで洗い流した

水中で本をひらけば文字たちは魚群のように頁を去った

梅雨なのに雨の降らない日もあって恥じらうようなあじさいの花

溺れゆく肺にうまれた気泡のなかではちきれるほど生きていたいよ

布団から一歩も出られないさまを水上人形劇にたとえよう

目を閉じていれば列車は海底に向かう気がした夏のはじまり

この部屋でどれだけ歳をとるのだろう 湿気でしわの寄ったポスター

日々かわる海の碧さに合うようにどのジーンズか決めて出かける

ベランダでシャツの代わりにたくさんの魚を干している好々爺

梅雨入りのニュースを告げる声色はどんな事件とひとしいだろう

水ぶくれした指先は太陽を勝手に動かそうとした罰

何もかも駄目だった日は思い切り飛び込んでやる我が洗濯機

雨の日の電車は雨をうち破る 亡魂に取り憑かれたように

光が水に、水が光になる朝に声にならない婚約をした

雨粒の落ちたページを乾かしているうちひとつ列車は過ぎて

干してすぐ降り出す雨を抱き止めて静かな海のようなTシャツ

太陽を久しぶりって浴びながら鱗のように笑ってしまう

看板の前であなたを待っている 〈ここは海抜15メートル〉

十日後の雨の予報が晴れになる 名探偵の鮮やかな業

弱冷車だけをあつめてつくりたい日本弱冷みらい電鉄

暗闇に浮かぶ蛇口が生けられた花にみえたらほんとうの夜

干していた服をとりこむように抱くはじめてで懐かしいお別れ

どこまでも運のなかった雨粒が頬にあたって涙を真似る

理論上もっとも地球に似た星でたったひとりで咽び泣くんだ

陸酔いのまま夏は来て陽射しという平均台を丁寧に踏む

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