#2お題『SF』※小説
最愛の恋人、舞が死んでしまった。
持病が悪化したせいだ。長生き出来ないことは理解していた。
それでも良かった。ずっと傍に居たかった。
最後の時間まで俺は…彼女を精一杯愛した。
だけど、失って気づく。
舞がいない世界で生きていても意味が無いのだ、と。
同じところに行けたら良かったのに――そう自分を責め、思い詰めてさえいた。
でも今は違う――この世界には『科学』がある。
だから俺は――ある一つの可能性に命を賭けることにした。
深夜の水族館。警備員の隙をつき、足早に中へ潜り込む。
十年前ぶりだろうか。学生時代に舞とよく来ていた場所だ。
ここで色んな話をした。
そんな時間が、何よりも幸せだった。
今の俺には何もない――水槽のガラスに映る俺は、痩せこけて老け込んでいる。
なんて情けないのだろう――途端に切なさが募る。
俺は、虚ろな目でスマートフォンに触れた。
ホーム画面を開き、とあるアプリを立ち上げる。
ある研究機関に多額の投資をして開発してもらったアプリ。正式名称は『タイムスイッチ』と言う。
並行世界にいる、自分の精神と入れ替わる装置だ。
そうつまり――舞が死んでいない世界線に行けるということだ。
この道具を手に入れるために、身を削って金を稼いだ。
身体はボロボロだが、彼女を失った悲しみに比べたら大したことではない。
指定の時間になり、ボタンを押す。途端に激しい頭痛がして視界が歪んだ。
目を閉じて唸りながら、数分間悶える。
「入れ……替わったのか……?」
痛みが治まり、目を開けてみたが、景色は依然と変わらない。
失敗したのだろうかと、焦りが募った。
「どうしたの、和真?」
隣から聞き覚えのある声。俺は思わず目を見開いた。
「舞……?」
「何? そんな顔して」
「舞! 舞なのか!?」
「そうだけど……」
感嘆の声を上げ、舞の肩を勢いよく揺らす。舞が恥ずかし気に、手を振りほどいた。
「ちょ、やめてよ。こんな所で……」
「あっ、ご、ごめん……」
「急にどうしたの?」
「あ、いや、寝ぼけてて……」
「顔洗ってきたら?」
「はは……」
舞が呆れて溜息をついた。
舞が生きている――嬉しさのあまりに涙が出そうになった。
「あのさ、他にどこか行きたいところある?」
「うーん、そうだなぁ……観たいと思ってる映画があるんだけど……」
「よし、じゃあすぐに行こう!」
「あ、ちょっと!」
そう言って俺は舞の手を引き、駆け出した。
それから俺たちは、ひたすらデートスポットを巡った。
映画館、ショッピング、レストランでのディナー。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
夜の海を見ながら、今日のことをゆっくりと振り返る。これ以上ないくらの幸福感だ。
「いつもより優しいね」
「そうかな?」
「うん。いつもの和真じゃないみたい」
「そんなことない。俺は俺だよ」
「そうだけど……」
沈黙が走る。夜風が二人の髪を撫でた。
俺は舞を引き寄せ、力強く抱きしめた。
「和真?」
「ごめん、舞……」
おそるおそる身体を離す。
途端に罪悪感が募った。そして、ふと気づかされる。
この世界にいる舞は、入れ替わったこの世界の俺を愛している。
そして彼女もいずれ気づいてしまうだろう――俺がこの世界の俺じゃないことに。
もうこれ以上、嘘はつけない。いや、つきたくない。
「聞いてくれ、舞」
「なぁに?」
「実は俺……」
彼女の綺麗な瞳はまっすぐ俺を見ている。
「この世界の和真じゃないんだ。違う時間軸から来た」
「えっ……」
舞の目が泳ぐ。
「このスマホのアプリで、この世界の和真と入れ替わった」
「どうしてこんなこと……」
舞が声を荒げる。
「君の居ない世界に耐えられなかった」
「それって……」
数秒間の沈黙が流れる。
「だから、もう一度君に会いたくなって」
舞が下を向いた。手が震えている。
「じゃあ私……」
「大丈夫、この世界の君の病気は完治しているから。同じことにはならないよ」
「そ、そうだよね……」
舞が安堵した。
しかし、不安げな顔でこちらを見ている。
「馬鹿だよな、俺」
胸の奥が軋んだ。分かってはいた。
ただそれに向き合うのが怖かっただけだ――俺は弱い人間だから。
「ごめんなさい……」
そう言って、舞は頭を下げた。
「君が謝ることじゃないよ。騙してごめん。俺、元の世界に帰るから」
タイムスイッチの起動ボタンを押す。あと数十秒で俺は元の世界へと還る。
幸せが消えてしまう――途端に、絶望感が胸を締め付けた。
「ありがとう、和真」
涙をこらえ、震えている俺を見かねてか、舞が俺の傍に駆け寄った。
そして、そっと俺に口づける。
「ずるいよ、舞……」
俺は浅はかだった。
帰ったらこのアプリはもう二度と起動しない。俺は俺の世界で生きていく。
「元気でいてね」
「うん」
そうして俺は――目の前の舞と笑顔で別れた。
気づいた時には元の世界へと戻っていた。
俺はすぐさま彼女が眠る墓へと向かった。
花を添え、目を閉じ、手を合わせる。
「俺、頑張るからさ。そこで見ててよ」
舞の分まで、精一杯生きよう。
そして俺は立ち上がり、その場を後にした。
終
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