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地球温暖化は技術の発展だけでは解決しない〈後半〉

続きです。前半はこちらです。

後半は以前の自らへの反論という形で経済成長と技術の発展について考え直し、技術者・研究者はどう地球温暖化に向き合うべきか(研究者の道へ進む人が多い学校なので自戒もこめて……)について述べています。


4.経済成長と技術の発展に対する妄信

以前の私は、技術さえ発展すれば、環境への配慮と経済成長の両立ができ、全て解決するのではないかと思っていた。そして、暮らしが豊かになるには、経済成長が不可欠だと思っていた。この文章を読んでいる人の中にも、以前の私と同じような考えの人がいるかもしれない。だが、今ではここに全部で四点、おかしな点があると考えている。


まず一点目。本来、経済成長というのは、豊かな暮らしのための手段であって目的となってはいけない。以前の私は自覚なしに経済成長が目的に位置づけられていた。経済は専門ではない私がそう考えていたというのは、単に不勉強という理由だけではなく、今の日本の社会が経済成長をそう位置づけているということの示唆でもあるかと思う。経済成長するにはどうしたらいいか、という考え方は一般的だろう。現に、GDPで何%の成長を、という目標を政治的なニュースでよく耳にする。しかし、経済規模の指標であるGDPの成長自体は目標ではなく、目標はあくまで豊かで幸せな暮らしをすること。本論旨に沿って言えば、環境に配慮された、豊かで幸せな暮らしをすることだ。

二点目は、暮らしが豊かになるためには、必ずしも経済成長が必要なわけではないということだ。経済成長というのは、経済規模が拡大することを意味する。成長というとポジティブなニュアンスがあるが、起きている現象はポジティブでもネガティブでもない。それに対して、経済的な成長は、かかる費用よりも得られる便益の方が大きいことを意味しており、プラスの意味を持つ。そして、経済的な成長のために経済成長は必ずしも必要ではない。私は経済成長と、経済的な成長を混同していたのだ。

三点目は、環境への配慮と経済成長を両立することはできないということだ。環境経済学の大家であるハーマン・デイリー氏によると、経済成長と環境への影響をデカップリング(切り離す)することは不可能だという。[3] CO₂が排出される原因を分解した茅恒等式というものがある。

CO₂排出量=(CO₂/エネルギー)×(エネルギー/GDP)×(GDP/人口)×人口

第一項の(CO₂/エネルギー)は炭素集約度という。火力発電から原子力発電や再生可能エネルギーへ変えたり、自動車や船舶の燃費向上や動力の電化を進めたりすることで改善できる。第二項の(エネルギー/GDP)の項はエネルギー集約度という。これは省エネ技術を発展させたり、産業やライフスタイルをエネルギー消費の少ないものへ転換させたりすることで改善できる。第三項の(GDP/人口)の項は、消費活動が活発になるほど増加する。GDPには表れない面での豊かさを追求する社会へ変化していくことで改善できる。この中で、技術の力で改善できるのは第一項と第二項のみだ。つまり、(GDP/人口)×人口の値が技術の進歩を超える勢いで伸びていけば、結局CO₂排出量は増加してしまう

そして四点目に、技術の発展は万能ではないということだ。エネルギー効率を向上させるための技術の発展には限界が存在する。それはエントロピー増大の法則に起因する。エントロピー増大の法則というのは、エネルギーが外部から加えられない系において、秩序だった状態から無秩序の状態へ進むという法則である。この法則により、エネルギー効率は100%にすることができない。エネルギー効率が限界に達したあとも経済成長するには、外部からより多くのエネルギーを取り入れる必要が生じる。

以上の議論をまとめよう。以前の私の考えは「技術さえ発展すれば、環境への配慮と経済成長の両立ができ、全て解決する」というものだ。しかし、①目的は環境に配慮された豊かな暮らしをすること、②豊かな暮らしに経済成長は必ずしも必要ではない、③環境への配慮と経済成長を両立することはできない、④エネルギー効率に関して技術には限界があるという四点と、前述の定常経済のことを踏まえると、次のようになる。「技術が発展し、経済が定常化へ向かえば、環境に十分配慮された豊かな暮らしができる」という表現が適切だ。


5.技術者・研究者としてどう向き合うべきか

では、技術を発展させる立場に身を置く人は、地球温暖化を取り巻く問題にどう向き合うべきだろうか。

まずは技術者・研究者自身が技術の限界を認識し、妄信はしないこと。そして同時に、技術者・研究者ではない人に、技術の発展が全て解決してくれるなどと、むやみやたらに信じさせないことが必要だと思う。経済のあり方を見直し、それを実現できる社会制度を整え、人々の価値観を変化させていく。そのたくさんの変革の積み重ねがあり、そこに必要とされる技術が適切に絡むからこそ問題が解決するのだ。

そして技術を発展させるときや、技術を活用するときには上手な舵取りが大切だ。例えば、日本の火力発電技術はとても高く、単位電力当たりのCO₂排出量が少ない。日本はこの技術をアジアの火力発電所に輸出しようとしている。いいことのようにも聞こえるが、この日本の姿勢は世界から厳しい目を向けられている。そもそも火力発電を再生可能エネルギーなど環境負荷の少ないものへ移行している先進国に比べ、気候変動リスクについての認識が甘いからだ。上手な舵取りのためには、現状と社会問題をちゃんと学ぶ必要がある。実質的に最も技術開発の舵を取っているのは投資家だとは思う。しかし、まさに技術の開発に携わる人たちが、社会問題を自発的に考えることでも、その方向は決まるだろう。

地球温暖化はいろんな分野の人が関わらないと解決できない問題だ。だから、正しく問題を捉えるため、そして柔軟に対策を講じるために、技術者・研究者もその分野の中だけではなく、外の人と対話をする機会を持つようにすべきだと思う。

これまで技術の発展だけでは解決できないと述べてきたが、しかし、技術なしには地球温暖化は解決できない。技術の発展は社会を変化させていく何よりの駆動力になる。だから、豊かさを追求しながらも、地球温暖化の解決にむけて、挑戦していくことが大切だ。


引用文献・参考文献

引用文献
[1] 環境省IPCC第5次評価報告書 概要(2014年) (2019/10/21時点)
[2] 環境省IPCC 1.5特別報告書 概要(2018年度) (2019/10/21時点)
[3] ハーマン・デイリー 枝廣淳子 『「定常経済」は可能だ!』 岩波ブックレット914
[4] WWFジャパン 日本のエコロジカル・フットプリント2017 最新版 (https://www.wwf.or.jp/activities/lib/lpr/20180825_lpr_2017jpn.pdf) (2020/1/3時点)
[5] 経済産業省資源エネルギー庁 エネルギー白書2019 (2020/1/17 時点)
[6] 環境政策対話研究所 情報資料集

参考文献
[3] ハーマン・デイリー 枝廣淳子 『「定常経済」は可能だ!』 岩波ブックレット914
[6] 環境政策対話研究所 情報資料集
[7] 国立環境研究所 地球環境研究センター HP (http://www.cger.nies.go.jp/ja/) (2020/1/3時点)
[8] 幸せ経済社会研究所 HP (https://www.ishes.org/) (2019/12/29時点)


今の自分より

この文章を書いて半年経っていますが、今もこの時と考えはだいたい一緒です。
補足として、論旨とずれたところで大事だと思っているのが、〈前半〉の非物質的な営みのところで触れた「富が資本家に偏ることなく、労働者に行き渡る仕組み」です。

今、広井良典さんという京大の先生の「人口減少社会のデザイン」という本を読んでいるのですが、リンクするところが多々あって面白いです。このとき参考にした文献たちの、定常経済や格差やエネルギーの都市戦略(一極集中型か地方分散型か)について、自分の文章中の豊かさ・価値観の移行についてなど。


今はコロナ禍で地球温暖化どころではないような風潮ですが、地球温暖化は待ってくれないので、議論やアクションが完全ストップしたらよくないなと思います。経済活動が停滞したことで、環境が良くなった(大気汚染が軽減したなど)という面もありますが、大局的に見ればむしろこのコロナで対策が遅れが生じているという声が上がっています。

7月からレジ袋が有料になります。プラスチックストローを使うお店も減ってきました。実際のところどれぐらい環境にいいのかという意見もありますし、この件は地球温暖化よりもどちらかというと海洋プラスチックの対策の意味合いが強そうですが、私は地球に配慮した行動をとるのが自然な雰囲気ができるという意味で、いいことだなぁと思っています。

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