Diet or Alive (Part.6)

「どう? 体重が減って気分が良くなかった?」
「・・・そうですね・・・とても気分が悪くなりました。」
「・・・それは法律に違反したという罪悪感かしら?」
治療中の体重減少は違法ではないのだが、あえて質問してみる。
「いえ・・・高根さんはそういうご経験はおありですか。」
「私が? 」
通常の反応ではない。
「私はまだ・・・そういう事はないわね。もちろん小さい法律違反は気付かないうちにしてるかも知れないけれど・・・。」
「もし、ダイエット規制法制定にあたって不正が行われていたとしたら?」
「なんですって?!」
「2013年に政府が許可したベータ・フロアミルチンていう抗生物質をご存じですか?」
「ベータ・・・フロアミルチン?」
「家畜と農作物の成長促進効果があると認められて、当時こっそり認可が下りています。もちろん人体への投与は認められていませんが生体濃縮による副作用は存在しないとされていました。」

高根の記憶にある映像が浮かび上がってきた。
テレビニュースでヒトの頭部ほどの大きさに成長したジャガイモや、ダチョウほどに育ったニワトリを見たことがあったのだ。
それは試験的にある薬剤を使用した結果だと報道されていた。
それを初めて見たときのゾッとするカンジが不意に蘇ってきた。

「確かに人体に対する副作用は見つかりませんでした。ヒトが成長率300パーセントになることはありませんでした。政府は食料危機を乗り切る決定打を発見したと発表しています。もちろん世界では未知の副作用を恐れて認可しない国も存在しましたけど。」
「それで・・・?」
「でも10年後、奇怪な症状のティーンエイジャーが多発したのです。それは体脂肪率の割合がある数値より下がると突然死亡するといったものでした。」

佳枝は彼女が何を言い出したのか判らなかった。
だがあることに気付く。
体脂肪率の割合がある数値より下がると突然死亡する。
それはまるでダイエットに失敗して死んでいった若者達ではなかったか。

「体重に対する体脂肪率の割合が、短期間に10パーセントを下回ると心臓発作、血圧の急降下などの症状が突然発現し、死亡率は86パーセントに昇ることが判りました。しかもそれらはベータ・フロアミルチンで成長させた食物を摂取している地域にのみ現れることも判りました。」
「そんなことがあったなんて・・・わたしは聞いたこともないわ!?」
「政府は知っていたのです。そして食料政策の重さとを秤にかけた結果、当然ベータ・フロアミルチンを使い続けることを選択したのです。」
「まさか・・・そんな重大な事が今まで誰にも知られないで隠しておけるはずがありません。あなた、誰に聞いたのか知らないけどそんなこと・・・。」
「このベータ・フロアミルチンにはその他の副作用は一切ありません。しかも唯一の副作用は簡単に抑えられます。体脂肪率を急激に落とさなければいいのです。30ヶ月以上かけて徐々に体脂肪を落とした場合には発症率はわずか0,6パーセントにまで落ちることが、この薬剤を使い続ける決定的な根拠となりました。」

佳枝はある政府公報を思いだしていた。
規制法が制定される2年ほど前、あらゆるメディアで頻繁に目にしたもので、15年以上経った今でも覚えている。
『体重を増やすことによる弊害はなくなりました。むしろ標準よりやや太めのほうが長生きする確率は高くなります。』
別におかしな所は当時は感じなかった。
実際、肥満による心臓病、高血圧、糖尿病といった生活習慣病やある種のガンなどの治療法が確立され、もはや太っていることは単なるスタイルとさえ言える時代になったことを誰もが喜んだものだった。

「つまり日々の糧を得るのと引き替えに、痩せることは許されなくなったのです。そして食品業界はベータ・フロアミルチンを使用することで莫大な利益を得ていました。それを禁止することはもはや出来なかったのです。そうして政府が最終的に採った手段は人工的に痩せることを規制することでした。」
「じゃあダイエット規制法というのは・・・。」
「政府がわたしたちの『痩せる自由』を食品業界に売り払った結果です。」

雪乃が静かに告げた。

(続く)

2006年06月06日

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