Diet or Alive (Part.10)

(こんなときお姉さまがいてくれたら・・・)
最後の戦いの勝利を見届けたあと、
忽然と姿を消したお姉さまのことが脳裏に浮かぶ。
結局彼女が誰なのか、何の目的があったのかは最後まで不明だった。
それ以来忘れたわけではなかったが、
漠然と(もう会うこともないかも)と感じてはいた。
結婚して子供ができてからは、もはや戦いの日々は過去のものとなっていった。
胃の中に存在する『兵器』の存在もいつしか意識しなくなっていた。

だが、
20年間一度も作動しなかった超兵器『羅臼』が
再び敵を関知して動き出そうとしている。
しかもその敵とは雪乃自身のことだと気が付いて
背筋に冷たいモノが走る。
ダイエットを抑制しようとする存在を
敵と認知して攻撃しようとする機能がいまだ生きている。
娘のダイエットに対して抱いた感情に
その機能が反応しているのだ。
こみあげてくる吐き気がその徴(しるし)なのだ。
『羅臼』は雪乃が摂取した食物を体内で変換して
戦闘用武器に変え、食道を逆流して放出される。
20年前はその武器がダイエットを抑圧する化け物共を
焼き、溶かし、分子のチリに変えた。
だが今は、口から出た途端それは雪乃を消滅させようと
蠕動しているのだった。

(こんなときお姉さまがいてくれたら・・・)
彼女の体内にこの物騒な『兵器』を設置したのは
そのお姉さまだった。
お姉さまならこの機械をなんとかしてくれる、
と、雪乃はそれ以外に打開策が思い浮かばない。
このままでは自分は敵と認識されて
自分自身の体内から攻撃を受けてしまう。
今、やっと思春期にさしかかった娘達と
夫を残して消えるわけにはいかない。
だが、母として感じたダイエットへの嫌悪を
誤魔化すこともできない。

雪乃はお姉さまを切実に求めていた。

「ただいま~。」
夫の清見が帰ってきたようだ。
彼にこんな様子を見せてはいけない。
雪乃は必死で吐き気を押さえながら、ムリをして笑顔を作る。
「おかえりなさい・・・パパ。」
「いやー参ったよ、今日会社でさあ・・・あれ? 雪乃どうした? 顔が真っ青だよ。」
「う、うん・・・ちょっと気分が悪くて。」
「なんだ、待ってなくてもよかったのに。休んでなよ。」
「うん・・・ごめんね。」
「だいぶ辛そうだな。今から病院行くか?」
「え、病院? 」

その時、次女のりまが二階から下りてきた。
「パパ、おかえり~♪」
「りま、ママ気持ち悪いんだってさ。ちょっと病院連れてくから留守番しててくれるか? お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんも、もう部屋で寝てるよ。」
「ええ? るまも具合が悪いのか。まさか食中毒とか・・・。」
「ううん、お姉ちゃんはいまダイエットしてるんだよ。」
「ダイエットぉ?! ママの具合悪いのにも気付かないで、ダイエットだなんて何言ってるんだ! すぐ呼んできなさい! 」
「はぁい。おねえちゃーーーん! おねえちゃんてばーーー!!」
姉を呼びに二階へ駆け上がる妹を見ながら、清見が吐き捨てるように言う。
「まったく・・・中学生のクセに何がダイエットだ。あとで説教してやらなきゃな・・・。」
「あなた・・・ダメ・・・。」
夫のダイエットに対する感情を察知した『羅臼』が
標的を変えたのがハッキリ感じられた。
必死で吐き気を我慢しているのが、もう限界に近づいている。
意識が遠くなりそうなのを懸命に堪える。
気絶してしまえば『羅臼』を押さえる者がいなくなってしまう。
「あなた・・・るまを叱らないで・・・。」
「叱りゃしないよ。ダイエットなんてあの年頃じゃ百害あって一利無いってことを教えるだけさ。それよりすぐ病院へ連れてくからソファーで横になってろよ。」

ダメ・・・ダメ・・・次第に白くなっていく視界に雪乃は渾身の力で抵抗する。
もうこれ以上は・・・。

(つづく)

2006年06月30日

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