Diet or Alive (Part.2)

佳枝は自信を持っている。
この高山雪乃という娘が部屋に入ってきたときから
(この子はダイエットしてる)
と技能士としての直感が告げているのだ。
ダイエット規制法施行直後からダイエット規制技能士として
これまでに499人のダイエット犯罪者を発見し告発し
有罪としてきた実績が
この娘の有罪を確信している。

2017年にカナダの研究者によって確立され
発見者の名を採って『クフィーダ鑑定法』と名付けられた
体内組織の変化を克明に記録できるメソッドにより
人体のあらゆる状態の変化が把握できることとなる。
この鑑定法により
例えば3ヶ月前に摂った栄養素のリストさえも作ることが出来るようになり、
長期的な医学療法に対して多大な貢献を生んだ。
人体の細胞は数ヶ月で完全に入れ替わってしまうが
その入出を含む変化の記録はある部位にかなり長期にわたって保存されていることが判明したのだ。
そしてこの鑑定法によって
ヒトがどのような食事を摂っていたか、あるいは摂っていなかったかを驚異的な精度で知ることができる。
ダイエットのような極端な栄養の摂取コントロールを試みると
それがサーバーのアクセスログのように人体に残っているのである。
この新技術を背景に、「ダイエット規制法」の施行が可能となった。

「それじゃあ、まず洋服を脱いでもらえるかしら。下着は着けててもらって構わないわ。寒かったら遠慮なく言ってちょうだいね?」
「はい・・・寒くはないです。」
「このソファーをお借りしてもいいですか? そこに腰掛けて、身体の力を抜いて背もたれに・・・そうそう、手は自然に横に置いてね。」

佳枝から見ると、雪乃のプロポーションはダイエットの必要など無いように見える。
名が体を表すように、白い肌は真珠のような輝きを放っている。
46歳の佳枝にはその若さに怒りさえ覚えるほどだった。

(わたしもこのぐらいのトシにはこんな肌してたのよね・・・)

実は佳枝はダイエット経験者である。
最初は中学一年生のときに級友に誘われて始めたクエン酸ダイエットだった。
もともと小さい頃から「ぽっちゃり」体型だった佳枝は
当然のごとくスリムな肢体に憧れを持っていた。
食事制限に始まり、ありとあらゆるダイエット法を実行し
エクササイズ、ウォーキング、ヨガ、果ては怪しげな民間療法から高額なダイエット食、薬品、脂肪吸引まで試してみた。
ところが、どんな療法で数キロ体重が減ったとしても
それを維持することが出来なかった。
当時の佳枝は、それを自分の意志が弱かったからとか、方法が自分に合っていなかったからだと思い深く悩んでいた。
拒食症にも、反動で過食にもなった。
しかし彼女の体脂肪は常に一定の数値から変わることはなかった。
のちに、実は彼女が数千万人に一人というたいへん希な特異体質だったことが判明するのだが、それを医師から告げられたときから彼女はダイエットを激しく憎悪するようになった。ダイエットを、というよりダイエットという思想そのものを。

「このシールを今から言うところに貼ります。すぐはがれるけれどしっかり貼ってね。このシールにはマイクロ・チップが付いてて、それがあなたの身体の情報を・・・この機械に送って記録しますからね?」

法案成立が確実なものとなってから、
佳枝はこの鑑定法に興味を持ち、カナダに留学して
発明者の教授から直接学んだ。
将来この技術者が必要とされることは確実だったし、
なにより、この技術を身につけることによって
ダイエットという不毛な思想をこの世から無くせるということに
夢中になった。

「はい、では目をつむって・・・しばらくそのまま、リラックスしていてくれる?」

佳枝は
痩せていることが至上価値とされる社会に拘束され
永遠に奴隷状態となり、死を持ってしか抗議できない
女性達を救いたかった。
かつての自分のように体重の増減のみが関心事の毎日を過ごし
二度と戻らない貴重な時間を無駄に過ごす人たちが、
1人もいない世の中にしたかった。

だが、近頃ではそんな思いにもかかわらず
法を犯してまでダイエットしようとする奴等を憎いと思うようになった。
ダイエット規制法を犯す容疑者は圧倒的に女性が多い。
それも十代~二十代の女性が9割以上を占める。
絶対にバレるはずがない、とすました顔をしたバカ娘どもが
完璧にダイエット歴を立証されて逮捕される瞬間
苦痛に歪む顔を見ることが無上の楽しみとなった。
この鑑定法は誤魔化しようがない。
誰も自分の体内のデータを改ざんなど出来るはずがなかった。
鑑定の結果は神の言葉に等しい。
自分が愚かな娘たちを悪の道から救い出す、というイメージは快感だった。

「・・・はい、ありがとう。もうシールをはがして結構よ。服を着てください。これからいくつか質問をしますから、正直に答えてくれるかしら?」

(続く)

2006年05月16日

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