Diet or Alive (Part.5)

「高根さんはダイエットの効果、ありましたか?」
「・・・・それは・・・・。」
佳枝は突然の質問に思わず口ごもってしまった。
キャリア15年の技能士が見せてはならない動揺である。
だがこの手の質問は初めてとはいえ、禁じられているものでもなかった。
「効果は・・・あるといえばあったわ。つまりダイエットなんて目くらましでインチキだってコトがね。」
「ということは、体重は減らせなかったんですね?」
「ええ。」
不承不承認めたものの、苦い記憶が浮かび上がってきた。
19歳の時、密かに憧れていて向こうも自分に好意を持ってくれていると思っていた1学年上の先輩が、佳枝ではなくもっとスラリとした下級生を彼女に選んだことである。

「高根さんは個人的にダイエットがお嫌いなのですか?」
「それは・・・その質問には答えられないわ。すくなくとも私は公的な資格でここにいるわけだし。」
佳枝はデータの数字を見つめながら、自分の勘がどうやら外れていることを当惑を持って認めようとしていた。
一見すると数値に疑わしいところは見当たらない。
ごく普通の体重推移に思えるし、意図的な栄養制限の兆候などは見られなかった。
逆に言えばそれこそが最も不審な点である。
このぐらいの年頃の時には月に一度ぐらいはハメを外す日があっても良さそうなもので、実際帳尻さえあれば多少の不規則な食生活は大目に見られるだろうと考えられていても、それはちっとも法に触れるものでもない。
だがこのデータは"綺麗"過ぎる。
そこに引っ掛かるものを強く感じるのだが、佳枝としてはそれを責めるわけにもいかない。

「雪乃さん、あなたのデータ見せていただいてるけれど、とても規則正しい生活されているようですね。誰か栄養指導の方がいらっしゃるのかしら?」
「はい、病気の時にお世話になったお医者様に、定期的にご指導いただいています。」
「そう。」
それならばこのお手本のような推移も肯ける。もともと規律を好む性格なのかも知れない。さきほどからの応対を思い返しても、この年頃の娘にありがちの馴れ馴れしい無礼さは感じられない。
(だけど・・・)
佳枝は最初にこの高山雪乃の姿を見かけたときのことを考えていた。
長年の経験からダイエット犯罪者からはある種のオーラのようなものを感じるようになった。
どんなに朗らかにしていようとも、彼女(彼)らからは独特の暗い空気をまとっている気がするのだ。
それは隠そうとしても隠しきれない罪悪感というか背徳感のようなものかも知れない。
この雪乃という少女を最初に見たときに、微かに感じたそれを今でも感覚で覚えているのだ。職業上のカンは無視できないことはこれまでの経験から身に沁みている。
しかし初めて、たぶんこの仕事に就いてから初めて佳枝は迷っている。データと自分の勘のどちらを優先させるかということを。

「雪乃さんは何故技能士になりたいと思ったの?」
「わたし、ダイエットなんて暗黒時代の悪習がまだ残っているなんて、ガマンが出来ないんです。痩せてる者が美しいだなんて非科学的で時代錯誤です。社会が不健全な価値観に流されていた頃のくだらない押しつけです。」
情熱的に喋る彼女の主張を聞いていると、ついうなずいてしまいそうになる。普段講演会などで佳枝が語る内容を、ほぼそのまま聞かされているようなものだからだ。
だが・・・佳枝は試してみたくなった。
「ひとつ聞いていい? 病気で体重が減ったとき、ちょっと気分が良くなかった? 別にこれで評価がどうこうするワケじゃないから正直に答えてくれて構わないんだけど。」

これは技能士の裏テクニックの一つで、一種の《ひっかけ》だった。
統計的に見ると、この質問に
「いいえ。」
と答える人間ほどダイエット犯罪者の可能性が高いのだ。
ダイエットなぞ意識していない者はたいてい「ちょっとは・・・」とか「身体が軽くなった気がしました。変なカンジですね。」などと正直に答えてしまう。内面に体重減少願望を秘めている人間ほどこの手の質問には、頭から否定的な返答をすることになる。
「ね、どんなカンジだった? 大丈夫、ほら、記録装置は一時停止にしてるから。」
レッドランプが点滅してポーズ状態を示しているが、実際にはサブシステムがバックアップを録っていることなど、相手に判るはずがない。
「どう? 体重が減って気分は良くなかった?」
「・・・そうですね・・・。」



(続く)

2006年05月26日

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