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【小説:私があなたに!】18.風間さん

 ただ、風間さんだ。
 
 なぜ彼女は、ここまで私に執着するのだろうか。
 
 もう1つ、分からないことがある。
 私はなぜ彼女の笑った顔がみたいなどと思ったのだろう。
 そんなこと、最近は友達相手に思うことはなかった。
 
「ふむ…………何かおかしい」
 
 うすうす気づいていたが、気づかないフリをしていた。
 どんなことになるか、分からないから。
 
 自分にルールを課してから、自分から友達を作ろうと思ったことは一度もない。
 その必要を感じなかったし、そもそも仲良くなることを避けているのだから、友達が欲しいなどというのは傲慢だと思う。

 でも、だったらなぜ?
 
「ねーちゃん、おはよー」
 
 あくびをしながら、弟が起きてきた。
 まだ時間に余裕があるけど、私もそろそろ準備をして学校に行こう。
 
「今日早いじゃん。どうしたん?」
「何でもな…………くはないか」
「ねぇねぇ、アンタは、友達の笑顔って見たいと思う?」
「なんだそれ?よくわかんないけど、そりゃー、友達が怒ったり、困ったりしている顔は見たくない。笑ってたほうがいい」
 
(まっ、そうだよねー)

「じゃあさ、友達じゃない人の笑顔て見たいと思う?」
「ますます意味わかんねー。友達じゃない人って他人? あとは、そこまで仲良くない同学年の奴とか? うーん。ぶっちゃけどうでもいいかな。そこまで気にかけるほど暇じゃないし」
「だよね…………」
「なんだそれ? 何が聞きたいか知らねーけど、あとあれか。友達でもなく、笑った顔が見たいって思うってことか。うーん………………それってさ、誰のことか知らないけど、そいつのことが好きってことなんじゃない?」

(ん?)
 
「好き? あーそうか、そういう場合もあるのか!」
「そうそう。てか、そういう気持ちも無しに、みんなを笑顔したい! なんて思っているのは、よっぽどのお人好しか、何かすごい目標がある人とかじゃない? てか、それってねーちゃんのこと? うぁー。真剣に応えちゃったよ。好きなやつできたん?」
「な、な……なにいってんのよ!」
 
 マズイ、動揺が声に出てしまった。
 
「へーそうですか。ねーちゃんにもやっと春がきたのかー、そっかぁー」

 ニヤニヤして、面白いおもちゃを見つけたような表情で私の方を見ている。
 これは、こちらに主導権を握っておかないと、絶対この話題でイジられる。

「だから違うって! 何言ってんのよまったく。って、アンタこそ、こんな話に詳しいってことは、彼女とかいるんじゃないの?」
「え、彼女? いるよ」
「へ?」

 弟との会話で、過去一で間抜けな返事をしてしまった。
 
「だから、いるよ。彼女。付き合ってる」
 
「な……え? ……マジ?」
「マジマジ。ラブラブ」
 
 そう私に告げると、手をひらひらさせながら行ってしまった。
 
 おそらくトイレに行ったのだと思うけど、衝撃的な事実を聞き、うまく反応ができなかった。

(なんだあの余裕は……)
(い、いつの間にか、かなり差をつけられてる?)
 
 あとでタイミングがあれば、根掘り葉掘り聞いてやろう。
 いやでも、私の方が恥ずかしくて、うまく聞けるだろうか…………。
 

 
 結局、通学途中も朝考えていたことをそのまま引きずってしまっている。
 自転車をこぎ、少し熱くなった頬に冷たい空気が当たるので気持ちがいい。
 
 必要以上に友達とは深く仲良くならない。
 常に平均的に接する。

 このスタンスを変える気はこれからも一切ない。
 
 友達にプライベートな悩み事を相談できないということはあるが、悩みなんて結局最後は自分で最終的な判断をして結論を出すのだから、そこに他人の意見はあまり必要でないと思っている。
 そもそもそんな重要なことを、友達とはいえ第三者に共有してしまうことがそもそもリスクじゃないか。
 弱みを握られることにもなるだろうし、それがもとで面倒なことに巻き込まれるのはまっぴらだ。
 
(正直、この生活であまり困ってないんだよね)
 
 これが本音。
 
 そこそこ友達はいるし、その距離感で困ることなく普通に高校生活を送れているので、なにも問題ない。
 
 友達関係だって、分け隔てなく接していれば、ノリが悪いと言われることはあってもそこまで悪くは言われない。
 容姿も誰かの羨望の対象になるほど優れているわけでもないので、これも話題になることはない。

 いたって平凡、普通。
 それが私。
 
 唯一、距離感が近いのは、さきほど彼女がいる発言をした弟くらいだろう。
 家族なので友達とは違うが、最近は気兼ねなく何でも話せる唯一の存在になっている。
 今の今気がついたけれど、こっちが真剣にしている話は、茶化す素振りをするが、彼も真剣に考えて回答をくれる。
 
(いいヤツだな。ただのエロガキじゃなかったか)
 
 先日の弟のえっちいお宝騒動も、よく考えれば大人になった証拠と言えなくもない。
 おそらく、お母さんも少し楽しんでいた…………そういう性格だ。
 そもそも、異性に興味がなければ、人類はここまで発展することはなかったのだし。
 
 ただそう考えると………………。
 
(「好きなんじゃね?」か――)
 
 まったく、そんなことは思いもしなかった。
 そもそも、風間さんは女の子だし………………。
 
 昔に比べて、徐々にではあるが性的なマイノリティへの理解が進んできているらしいから、特段不思議なことじゃないのかもしれないけど、自分がそうだと思ったことは一度もない。
 というか、男の子にしろ女の子にしろ、今まで人を恋愛対象として好きになったことがないので、分からないというのが正しい。

「ないない!」
 
 信号待ちをしている時に思わず声がでてしまい、周りから変な目で見られてしまった。

 鏡を見なくても、顔が赤くなっているのがわかる。
 今すぐこの場から立ち去りたい!
 
(まったく、まったく!)
 
 怒っているのか、恥ずかしがっているのか、自分でもよく分からないが、とりあえず全部、弟のせいだ。
 そう、決めた。
 
 確かに、私は風間さんのことをすごく考えている。
 ただそれは、彼女がおそらく私のせいで休んでいて、当事者として、どうしたら今の状況を変えられるのかを考えていたから…………。
 
(だから、別に好きとか、好きじゃないとか、まったく関係ない………………よね?)
 
 自分でも自覚している。
 やっぱり私の様子がおかしい。
 
 そもそも変だ。
 私は、もう友達とは、必要以上に仲良くならないようにし、一定の距離を置くと決めている。
 その考えを崩す気は一切ない。

 友達ですらそうなのだ。
 
 なのに、友達でも何でもないクラスメイトが学校に来ないからと言って、なぜそこまで気にする必要があるのだろうか。
 普通の私だったら「そうかー。まぁ、いっか」で済ませることもできたはずだ。
 そのほうが私らしく自然だと思う。
 
 ただ、今回はそうじゃなかった。
 私は、どうしたいんだろう。
 私は、風間さんとどうなりたいんだろう。
 
「う〜〜〜〜」
 
 唸り声は、ハッキリと口から出ていたが、今度は周りに人もおらず、今度は奇異な視線を浴びることもなかった。
 
 こんな状態で学校に行っても、勉強どころではない。
 もうこんなに悩むのは嫌だったので、そろそろハッキリさせたかった。
 
「学校、休むか…………」
 
 これも私らしくない行動だったけど、不思議と罪悪感はなかった。
 もうすでにおかしくなっているだけかもしれないけど、まとまらない頭でモンモンとするよりかは、一度しっかり時間をとって考えるほうがいいと思った。

(結論が出なくても、学校を休むのは今日だけ!)

 そう決めた。

 連絡なしに休んで、学校から家に連絡が来るのは避けたかったので、車通りの少ないところに自転車を止めて、学校に電話をする。

 自営業で両親共に働いていることは先生も知っている。
 両親が手が離せないことを理由に、自分で学校に体調が悪いので休みたいと電話したが、特に疑われることもなく、むしろ心配されてしまった。

 申し訳ない………………。
 
 あっさりと欠席が認められたことで拍子抜けしてしまった。
 
 学校に行くという目的が無くなり、この先数時間であるが、いきなり自由な時間が手に入ってしまった。
 何でもできるような気持ちと開放感を感じでしまい、今すぐ飛び跳ねてしまいたいくらいココロが踊る。

(ダメだダメだ)

 舞い上がっていた感情をなんとか抑える。
 はてさて、どこに行こうか。
 
 昼間から制服を着た子がふらふらしていると、補導されたり学校に連絡がいく可能性があると思い、一度家に帰って着替えることにした。
 
 どうせお父さんもお母さんも、ほとんどお店にいるし、裏口から入れば誰にも見られることなく、着替えられるだろう。
 
 なんだか悪いことをしているみたいで、勝手に一人で盛り上がってしまっている。
 
(まぁ、イイことではないよね)
 

 家に戻り、特にトラブルもなく着替えることに成功し、一応、制服と鞄はベッドの下に隠して家を脱出。
 家からそこそこ離れたミスドでフレンチクルーラーとカフェオレを注文し、席に着いた。
 
 スタバと迷ったけど何時間いるかわからないし、何より財布へのダメージと、カロリーが気になる。
 些細なことかもしれないけれど、こう見えても年頃の女の子なので気にすることは気にする。

(さてさて……風間さんのことだ)
 
 思えば、最初からおかしかった。
 よっぽどのことがない限り、関わりのない人間を一方的に嫌うことはないだろう。
 もしかすると、私と風間さんはどこかで会っているのかもしれないが、心当たりがまったくない可能性を考えるのは無駄だろう。
 
 となると、何かしら私の行動や言動が気に入らなかったか、だれか彼女の大切な人を傷つけたとか?
 
(それは、ないかな)
 
 自分の友達とは一定の距離感を維持しているから、誰かを傷つけている可能性は低い。
 もちろんゼロじゃないだろうが、これも考えるに値しない可能性かな。

 となると、あれか! ちひろに近づきすぎたとか?
 
 その線はありそうだった。
 風間さんの数少ない友達のちひろと、仲良くしすぎて反感を買った可能性はある。
 それに対する嫉妬?
 
(それはちょっと申し訳ないことをしたかな、唯一の友達を取られちゃうと思ったとか?)
 
 一瞬そう考えたが、いやいや、私は別にちひろと特段仲良くしているわけでもないし、ちひろはあの性格から交友関係も広いし誰にでもフランクに接している。
 そこを逆恨みされるのはものすごく心外だし、他の人も同じような距離感の中、なんで私だけが憎悪の対象になるのか意味が分からない。
 
 他の人がどうちひろに接しているかは知らないけど………………あとは私とちひろの会話の中で、風間さんの地雷を踏んだ可能性は……あるかもしれない。
 
 例えば、ニンニン事件とか? それとも、運転手付き登校目撃からの土下座未遂事件を見られてた?

(………………なんだこれ)
 
 結構心当たりがあるのが痛い。
 
(やめよう……)
 
 可能性をいくらあげつらったところで、あくまでも可能性でしかなく、不毛だ。

 フレンチクルーラーを口に含み、疲れた脳に糖分を補給する。
 甘いものには幸せ成分が含まれている。
 その後に優しい苦さのカフェオレが口の中に広がるのも最高! この組み合わせは最強だ。

 窓の外には、忙しく行き交う人。
 学生っぽい服装の人もちらほらみえるが、みんなどこか忙しそう。
 逆に店内は静かで、読書をしている人、パソコンを広げて何か作業をしている人、友達とお茶をしている人など様々だけど、どこかゆったりとした時間を過ごしているように見える。
 
 外の人も中の人も、少なくとも私が見える範囲の人達のことを私は知らない。
 もちろん、逆もそうだろう。

 一人一人に人生があって、それぞれ色々な事情を抱えている。
 私はそれを知る術もない。
 ただ、その事実がここに確かに存在していることが、たまらなく愛おしいと感じた。
 
 そして、私はそれぞれの人が抱える事情について『どうでもいい』と考えている。
 知ったところで、まったく関係ない人のことはどうでもいいのだ。
 そしてまた、彼らにとって私が抱えている問題など、どうでもいいことだろう。
 
 自分が抱えている大きな問題も、他人からみればとるに足らない、たいしたことのない問題なのだという事実に改めて気づき、それがたまらなく私を幸せにしてくれる。
 
 そうなのだ。
 私がいま抱えている問題も、原因が何も分からないのだから、結局のところ私がどうしたいのかなのだろう。

(私がどうしたいか…………)
 
 他を一切排除した上で、私がどうしたいのかを考える。
 となると、そうだ。
 図書室は風間さんに会うために通っていたという事実。
 これがそうなのだろう。
 
(あの時間は、無駄だった?)
『無駄じゃなかった!』

(あの時は、楽しくなかった?)
『楽しかった!』
 
(あの時の目的はなんだったの?)
『風間さんがなんで私のことを嫌いなのかが聞きたかった』
 
(それが本当の目的だったの?)
『うーん。何か違う気がする……』
 
(じゃぁ本当は?)
『友達になりたかった!』
 
「えっ…………?」
 あまりにも意外な結論に、思わず声が出てしまい、お店にいた人の視線を集めてしまった。

 すみません。
 という顔をして、どことなく頭を下げる。
 いかんいかん。
 
 フレンチクルーラーとカフェオレで、一旦心を落ち着かせる。
 
 私は、私という人間をそれなりに理解していたつもりだったが、全然そんなことはなかったみたいだ。
 私は、私の意思で友達とは深い関係にはならないというルールを作り、それを守ってきた。
 そして同時に、私は私から友達を作るということと、友達になりたいという意思も持たないようにしていた。
 それで全く問題がなかったから。
 
 それにもかかわらず私は『風間さんと友達になりたい』という気持ちを持ってしまっているらしい。
 彼女のどこかに、私は魅力を感じているのかもしれない。
 
(魅力かぁ。魅力……正直全然分からん……)
 
(「好きなんじゃね?」)
 
 またしても、弟の言葉を思い出してしまった。
 じわっと、体の奥から顔まで真っ赤になってしまっているのがわかる。
 
 店内で間違いなく一番挙動がおかしいのは自分だろう。
 周りの人から変な目で見られていたりしないだろうか。
 
 彼女が私のことをどう思っているかは結局答えをもらっていないので分からない。
 それでは私はどうなのだろうか?
 
(好きなのかな)
 
 認めてしまおう。
 多分好きなのだ。
 
 それが『恋人になりたい』とか、『付き合いたい』とか、そういう感情なのかと聞かれれば、そうでない気がする。
 一目惚れとも違う。これは、憧れという気持ちが強いのかもしれない。
 
 彼女の振る舞いが好き。
 というか嫌いになれないのだ。
 
 確実に言えるのは、普通の友達とは全く異なる感情で、私は彼女のことを知りたいと思っている。
 今は友達ですらない彼女に対して、このような気持ちを抱いているのはおかしいのかもしれない。
 いや、おかしいのだと思う。

 ただ、こうなってしまったら仕方がない。
 私はもう一度風間さんと話す必要がある。

 私は、残りのフレンチクルーラーを頬張りカフェオレを飲み終えると、トレーを片付けてお店を出た。
 風間さんは学校を休んでいるので、いつ会えるか分からない。
 こうななったら風間さんの家に直接行くこともアリだ。
 家の場所は知らないけど、ちひろに相談すれば何とかなる気がする。
 
 ただ…………。
 
(うーん)
(私に悪口言ってくる相手に対して『友達になりたい』とか『好き』だとか……私って、変態じゃないよね……)
 
 一抹の不安を感じてしまっているが、さすがにそれは違うことを願いたい。
 自分のことなのに、わからないことだらけだ。

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