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【小説:私があなたに!2】18.私の矜持

 娘が帰ってきた。
 今日は、大好きな友達と遊ぶと言っていたはず。
 ずいぶん前からとても楽しみにしていた。
 
「どうしたの?」と聞くと「みんなの都合が悪くなって、延期になっちゃった」と言った。
 
 精一杯の作り笑顔で。
 
 何かあったのだろう。
 でも、多分、今は誰にも話しかけられたくないだろうし、誰の顔も見たくないだろう。

 娘は、美桜ちゃんという子のことが好きだ。
 とても特別な意味で。
 
 でも、それは叶わないことも知っている。
 美桜ちゃんを見て、美桜ちゃんの母親と話して分かった。
 
『理解した』と言ってもいい。
 
 こう言ってしまうのは良くないということは分かっている。

 だから、誰にも言わない。
 言うつもりもない。
 私の中だけにとどめておく。

 美桜ちゃんの家は少しだけおかしい。

 母親の子供に対する異常なまでの執着。
 それがどうしようもなく絡まってしまって、傍目にも良い関係には見えない。
 
 以前、娘が不登校になった美桜ちゃんをうちに連れてきたとき、私が美桜ちゃんの家に電話をしたら、最初は美桜ちゃんの母親とまったく会話にならず電話口で喚くばかり。
 挙げ句の果てには「誘拐犯」とまで言われてしまった。
 
 辛抱強く話を聞くと、彼女は、いかに自分が美桜ちゃんのために頑張っているか、いかに自分が美桜ちゃんのことを考えているか、いかに自分が美桜ちゃんのために害となるものを遠ざけてきたか、いかに自分が美桜ちゃんのためを思い心を鬼にして接していたかを語り出し、私の反応など聞くことなく、語るだけ語ると泣いていた。

 私は一言「美桜ちゃんはそれをどう思っているんでしょうか」と言っただけだ。

 美桜ちゃんの母親は「じゃぁ、どうすればよかったんですか!」と叫ぶと、長い沈黙の後、ポツリポツリと美桜ちゃんの様子を私に聞くと、最後に「美桜をよろしくお願いいたします」と言って、電話を切ってしまった。

 美桜ちゃんはとてもいい子だ。
 実際に会って、話をして、そう思った。
 そして美桜ちゃんは、自分の家と関係を断つことを目標にしていると聞く。
 
 それが正解なのかはわからない。
 ただ、本当に賢い子だと感じた。
 
 与えられれた環境を変えることは難しい。
 ましてや子供だ。
 その子供があそこまで自分のことを客観的に見て、考えて行動をしている。
 もしかしたら、それさえも異常なことなのかもしれない。

 私は、ちひろが一番かわいい。
 ちひろに世界で一番幸せになって欲しい。
 正直、それ以外はどうでもいいとさえ思っている。
 そして私は、ちひろを一番幸せてにしてくれるのは、美桜ちゃんではないと思っている。

 育ってきた環境、ものの考え方が違いすぎる。
 そして、私の娘は、残酷なまでに純粋すぎる。

 あれでは、一緒にいる時間が長くなればなるほど、お互いがお互いを傷つけ、保たないだろう。

 私の思い込みかもしれないし、もしかしたらこれから色々な状況が好転し、私は、美桜ちゃんこそが、ちひろを幸せにしてくれる人だと思うことがあるかもしれない。
 
 ただ私は、そんな不確実な、誰も保証してくれない未来を盲目的に期待するほど若くない。
 
 そして私には、この家を守る責任がある。
 このたちばなの家を。
  
 美桜ちゃんは、ちひろの友達ならいい。
 ちひろも、美桜ちゃんも優しい子だ。
 お互い、いい友達になれるだろう。
 ただ、ちひろの特別な相手として、美桜ちゃんはふさわしくない。

(でもね…………)
 
 私がいくらそう考えていたところで、ちひろが本気で何かしようと思えば、おそらく私の…………いや、この橘の家などいとも簡単に振り解き、自由に羽ばたくこともできるだろう。
 
 そういう時代になった。
 私の頃とは違う。

 ただ、もしそうなった場合、その自由の代償にちひろがどれだけ傷つくことになるかと思うと、胸が痛む。
 しかし私は、どこかでそれを望んでいる自分がいるとも感じている。

 先のことはわからない。
 
 だから私は、今求められている私の責任を果たす。

 この家を、ちひろが毎日安心して帰ってこられる場所を守る。
 
 世界一かわいい我が子が、本当の自分の居場所をみつけるまでは。

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