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【小説:私があなたに!2】23.来るべき時が来たってことだよね

 放課後、いつものように図書室に行こうと思って準備をしていると、友達数人が席にやってきて、今日遊びに行かないかと誘われた。
 
 突然誘われることは珍しくなかったけど、最近は美桜と一緒に図書室へ行く方が楽しいので「勉強したいから図書室に行く」と言って断る。
 進学校ということもあり、この理由が一番無難かつ波風が立たないのだけど、今回に限らず、最近友達からの誘いを断り続けているとなと思い「本当にごめんね、でも土日は? 空いてる?」と聞いた。

(正直、あんまり気乗りはしないけど、仕方ないよね)

 なんて思っていたら、誘ってきた友達一人が、何か言いたそうな素振りを見せるが言い出せない様子で、他の友達の方を見回した。

(?)

 そうすると、意を結した一人が、言いずらそうな口調で口を開く。 

「日和って、最近変わったよね」
  
「えっ?」
 
 私は、思いもよらない言葉を受け、思わず疑問の言葉が声に出てしまった。
 
「だって、誘っても全然来ないし、放課後だっていつも図書室行ってばっかりじゃん。それに最近話ししてても、日和、風間さんの話ばっかりしてるし…………」
「そうかな…………」 
「そうだよ。あと、この前の日曜日、風間さんと出かけてたでしょ? 私達も駅らへんで遊んでたんだけど、日和、風間さんと二人でいたからびっくりした。別にそれが悪いってことじゃなくて…………。私が言いたいのは、日和、めちゃくちゃ楽しそうに笑ってた。あんな感じで笑ってる日和、今まで見たことなかったから、びっくりした。…………風間さんとは仲良いんだね。」

「………………」

 別の子が話し始める。
 
「あのさ、別にどっちでもいいけど、日和ちゃん、誘われて嫌だったら、断ってくれていいからね。無理して来てもらっても申し訳ないし。それで、あの…………言いたいことは、それだけ…………」
 
「それじゃ…………。バイバイッ」

 友達は、申し訳なさそうに小さく手を振り教室を後にして行った。
 当然、土日に遊べるかという私の質問に対する答えはない。

(ついに来ちゃったか…………)

 いきなり、美桜と出かけた時のことを言われた時はドキッとしたけど、話を聞いているうちに心がすっと冷たくなっていくのを感じた。
 話を聞いている間、なんだか私のことを言われている気がしていなくて、本当の私は、幽霊のように、その様子を俯瞰しているような気さえした。
 私が、私でないような。
     
 これは、多分罰だ。
 友達のみんなを、いや、自分をも欺き続けたことに対する罰だ。

「これで、お終いか」 

 彼女たちに対して、何も言えなかった。
 何も返せなかった。
 そして、これは少し驚いたことだけど、何も…………思わなかった。

 だって、その通りだったから。

「私、どうなっちゃうのかな」
  
 彼女たちが言っていたことは事実だ。
 何一つ間違っていない。

 もしかしたら今日のことが、彼女たちのグループから他のグループに漏れて、結果、私は孤立したりするのだろうか。

(もしかしたら、イジメられたり?)

 そんな漠然とした恐怖も少し感じている。
 私の高校生活は今日で終わりなのかもしれないと。
 怖いし、逃げ出したい。 

 ただ、そんな私の状況を、どこか客観的に、冷静に、残酷に見ている私がいる。

『来るべき時がきた』と。

 だって、これまでの私を振り返れば、こうなって当たり前のことをしてきた。
  
 私は一定以上、友達と仲良くならないように気をつけながら友達関係を作っていたいのだ。
 当の私自身ですら、そんなことは異常だと分かっている。キモチワルイとすら、思う。
 だって、仲良くなりたい、または気が合うから友達になったのであって、その気持ちが薄れてしまったのならば離れるだろうし、そうでないのなら、友人関係は深めていくべきものだろう。
 疎遠になったのではない。
 毎日学校で顔を合わせる状況において、一定以上仲良くなりたくないと思っている関係など、友達などとは呼べないと思う。

 結局、私は私の都合で、私が孤立しないように、寂しくないように、波風が立たないように、学校生活が送れるように、お友達ごっこをしていたに過ぎないのだから。
  
 そんなの、相手からすればたまったものじゃないだろう。

 一緒に笑ったり、
 一緒に怒ったり、
 一緒に泣いたり、

 そんな気持ちを共有したいから相手は私と一緒にいたのだ。 
 それなのに私は、あまり相手に共感してしまうと、仲良くなりすぎてしまうからという理由で、一線を引いて付き合っていた。
 
 それが今回、彼女たちが、美桜と一緒に遊ぶ私が心からの笑顔で笑っている様子を目撃し、日頃、自分たちと接している様子と明らかに異なる点に違和感を感じ、その違和感を先程ぶつけてきた。

 それも、頭ごなしに非難するのではなく、きちんと配慮して話をしてくれていたのも十分伝わってきた。

 ただ、そんな気遣いをして貰っておきながら最悪だとは思うけど、できることなら、あらん限りの罵詈雑言をぶつけられた方が、よっぽど楽だった。

(でも、私にそんなことを言う資格はないよね)
  
 プライベートなことだって、彼女たちは色々話してくれた。
  
 家族のこと、
 友達とのこと、
 そして、好きな人のことなんかも、

 彼女たちが話してくれたことに対し、私は極力自分の考えを交えずに相槌を打っていた。
 できる限り、当たり障りのない答えを返すために。
 
 彼女たちの話に対して、毎回毎回、言いたいことはあった。
 それこそ、かつての私だったら、良いと思ったことには良いと言い、悪かったったり、何か思うところがあればそれをそのまま伝えていただろう。
 ただ、それをしなかった。
    
 だって、私はもう友達から『日和ちゃんは、なんでも思い通りになるって思ってる』なんて言われたくなかったから。
  
 でも結局それは、数ある可能性の中で自分がそう相手に思われたり、言われたりすることを恐れていたからであって、その少ない可能性を恐れるあまり、当たり障りのない回答をされていたとわかれば、相手からしてみれば私の態度は、極めて不誠実と見られたって仕方がない。
 
 人間関係なんて、どんなに気をつけていたって、摩擦は生じる。
 
 こちらが意図していない形で相手に解釈されてしまうこともある。
 相手の理解力、その時の気分、思い込みによりこれが生じることもあるだろう。
 自分と相手、色々な要素が混じり合って、時にそれは、摩擦として顕在化し、関係を拗らせることは十分ある。

『不変な関係はない』美桜はそう言った。

 当たり前だ。

 
 私が、友達と一定以上仲良くならないようにするようになって数年。
 今まさにそれが、現実の出来事として私の目の前に現れただけにすぎない。

 きっかけはこの際関係ないだろう。
 私は、美桜と関わることで、価値観が変わり、結果、友達の中で美桜が一番大切な存在となり、さらに恋心まで抱いている。
 
 それにより、今まで表に出すことの無かった心からの感情が表情として現れるようになった。
 それは、私も自覚している。
 
 ただ、それを目撃したその他の友達が違和感を持った。
 整理すれば難しいことはない。
 たったこれだけのこと。
 
 要するに、私の脇が甘かったということだ。         

「どうしたら良かったのかな」

 起きてしまったことは今更どうしようもない。
 ただ、これ以上この教室で考えたところで答えが出ることが無いのも明白。

「でも、まぁ、なるようにしかならないよね」
  
 私は、自分に言い聞かせるようにそう呟くと、荷物を詰めたバッグを手に取り、いつもの通り図書室へ向かった。
 
 いつもより、軽い足取りで。
 胸を張って、堂々と。

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