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【小説:私があなたに!2】14.人を好きになるのって大変なんだな

「美桜のにぶちーん、どんかんさーん」

 お風呂に入りながら、変な調子をつけて言葉を紡ぐ。
 いや、これは、一方的な照れ隠しか?

 美桜にあんなことを伝えるつもりはなかった。
 
 今日もいつも通り図書室に行って、勉強する美桜の隣で小説を読んで、いつもの公園に行った。
 ただそれだけのはずだった。

 そしたら、あんなことになった。
 予想外もいいところだ。

 でも、美桜は観察力がすごいというか、よく人を見ている。
 そして、疑問に思ったことを自分なりに考えて、それをちゃんと相手に伝えてくる。
 普通だったら、遠慮してしまうようなことも美桜はちゃんと言う。
 
 それを好ましく思わない人もいるだろう。
 ただ、私は美桜が真剣に考えて伝えてきたことはちゃんと受け止めたいし、嘘つくことなく返したい。

「ただ、アレはなかったか……先走りすぎたよね…………」

 自分は美桜が好きだという気持ちを自覚した。
 だから美桜とちひろが一緒にいることにモヤモヤしてしまう。
 完全に嫉妬だということも理解している。
 でも…………。

「ちひろ、美桜のことめちゃくちゃ好きだよなー」
 
 ちひろが美桜のことを本当に特別な存在に思っていると分かったのは、美桜が学校を休んでいたとき。
 休み時間、担任の先生に美桜の様子を確認しに家庭訪問をして欲しいと何度も頼んだり、それが難しいとわかると、自分が行ってくると伝えていた。

 その時は会えなかったみたいだけど、後で美桜に聞いたら、学校を休んでまで美桜の様子を見に行き、家に引きこもった美桜を自分の家に連れて行ったそうだ。
 その結果、美桜は心を立て直し、私と話をする。
 その場の調整を手伝ったのもちひろだ。

 普通、友達が学校に来ていないからといって、そこまでするだろうか……。
 私だったら…………。

「昔の、みんなと友達になりたいと本気で思ってた頃の私だったらするな」

 これが正しい。
 今の私は、自分からそこまで踏み込んだりはしない…………そこまで踏み込んだ関係になるのが怖いから。
 ただ、昔の私だったら、そのくらい『当たり前』のこととしてやるだろう。
 誰に対しても、平等に。
 それじゃあ、ちひろはどうなのだろう。
 例えば、私が美桜と同じ状況になったとして、ちひろは担任に食い下がり、私の家まで来てくれるだろうか。
 
「それはないか。今のところ、絶対」

 断言できる。ちひろは、美桜だからそこまでした。
 ちひろにとって、美桜は特別な存在であるのは間違いない。
 ただちひろは、どんな……どっちの気持ちで美桜と接しているのだろうか…………。
 
 昔の私のような、友達に対して、なんでもしてあげたいという気持ち?
 それとも、今の私のような、好きな相手に、なんでもしてあげたいという気持ち?

「ちひろが美桜のことを友達としての好きなのか、恋愛感情としての好きなのか。そんなこと考えている時点で、かなりやばいな。私」

 これまでの人生で、恋愛感情を誰かに抱くことはなかった。
 なのに、自分が好きな相手ができた瞬間から全てが変化し、これまで悩む必要なんてなかったことに悩み、気づかなくていいことにも気づいてしまう。
 
 小説の中でしか知らなかった恋を、私がしている。

「人を好きになるって大変なんだなー。辛いことがたくさん増えちゃってるもん」

「姉ちゃん、それ、普通だから」

「」

 今回ばかりは流石に声が出なかった。

「ゆ、優? あんた、いつからそこに……」
「『友達としての好きなのか〜』ってあたりかな。ご飯できたから早く上がるように声かけろって言われて来たら、なんかブツブツ独り言聞こえて、悪いと思ったけど、聞こえちゃったからさ」
「……………………! 何、人が一番聞かれたくない話を、しかも身内に聞かれなきゃいけないのよ。てか、毎回毎回毎回毎回言ってるけど、ノックしなさいよ!」
「今回は流石に悪いと思ってる」
「毎回思え」
「次からは、マジで気をつけようと思ってる」
「やっとか!」

 恥ずかしくて死にそうなのは間違いないし、なんなら半泣きだ。
 ただ、もうこうなったらヤケクソ。

「それで、その普通のことに対して、普通どう対処するのよ」
「あ、その話つづけるんだ?」
「アンタが話しかけて来たんだから、責任持て!」
「そうだなー。みんながみんな、そうなのかは分からないけど、悩む。悩んで悩んで、どうしようもなくなって、カッコ悪いことしちゃって、黒歴史になることもある。でも、それでも、その好きなヤツのことを死ぬくらい考えて考えて、その結果やったことなら、それでいいと思う。もちろん、犯罪とか、相手が嫌がることはダメだと思うど、自分の気持ちは伝えるべきだし、何かしたいと思ったら行動すべきだと思う。だって、後から『こうした方がよかった』とか『ああすればよかった』なんて考えてもしょうがないじゃん。よくわかんないけど。でもさ、多分今の俺らの頃だからこそ、そういうことがすぐにできるんだと思う。大人ってめんどくさそうじゃん。そういうの。今だけだよ、きっと、カッコ悪くても、がむしゃらに行動できるのって」

(コイツ、一体人生何回目なんだろう。本当に弟なのだろうか。普段どんな生活してたら、こんな達観したようなことが言えるのだろう)

「………………姉ちゃん?」
「…………わかった。ちょっと見直したし、参考になった。ありがとう」
「悩むなって言ったって無理だろうと思うけど、なんかあったら話くらい聞くから。遠慮すんなよ」

 こういうところだ。コイツはずるい。ただ…………。

「それで、君はいつまでそこにいるのかな?」
「えっ?」
「早くその場から出ていけーー!」
「ったく、なんだよ。せっかく相談に乗ってやったっていうのに、振られちまえ!」

 悪態をついて洗面所の扉を勢いよく閉める音が聞こえる。
 まだ色々聞いてみたい気持ちもあったけど、そろそろのぼせてきた。
 流石に裸を見られたら、死んでしまう。

「何かしたいと思ったら行動か…………。よーし」

 今すぐ美桜とどうなりたいというわけではない。もう少し確かめてみたいこともある。
 とりあえずは、美桜に誘ってもらった日曜日を全力で楽しむことに決めた!

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