センター試験の悲劇
アサコールとの相性が良かったこともあり、症状は落ち着き(と言っても、下血も粘液も止まることはありませんでしたが)集中しきれていたとは言えませんが、受験勉強モードに切り替えることができました。
体が常に疲れているようなしんどさは解消されず、夜遅くまでの勉強はできませんでした。(体の中で炎症が起きているというのは、「疲労感」に直結することを身をもって感じています)
志望校
志望校をどこにするのか。
①管理栄養士の養成校であること
②スポーツ栄養の勉強ができること(コース、研究室、専門の教授がいる のいずれかに当てはまること)
を条件に選んでいました。
私の通っていた高校は一応進学校で、国公立や有名私立大学を受験する人がほとんどでした。
そしてなぜか、推薦よりも自力受験推しだったので、指定校推薦などの説明はほぼしてもらえませんでした。
体調のこともあり、何校も受験しに行くのは難しかったので
国公立1校、私立3校(うち1校はセンター利用)で受験することに。
最悪の3者面談
志望校のレベルが今の自分んに見合っているか、考え直した方がいいのか、担任と親と本人での面談
病院に行くために遅刻することも増えていたので、担任には潰瘍性大腸炎のことを伝えていました。指定難病であることも、体調が不安定なことも。
それなのに、担任が勧めてきた大学は
北海道のど真ん中にある国公立大学
(私が志望校にしていた国公立はその時の私の模試の判定ではD~Cだったので)
・・・いやいやいや。
私の学力が足りていないとは言えですよ、交通の便もとんでもなく悪くて、生活の便も定かでないそんな場所の大学を、病気の診断受けたばかりの生徒によく勧められたな・・・
その瞬間、私と母は担任に対する信頼ゼロに。
もう、自分たちで探して自分たちでやるしかないと。
センター試験本番
センター試験1日目は大雪で、電車に遅れが出るほどでした。
現社、地理、国語、英語
バッチリできた!!!って感覚はありませんでしたが、まぁいつも通りかなという感じ。
2日目は
生物、数学、化学
生物と数学はいつも通り、そして、最後の科目。
得意科目で得点源のはずの化学の前に悲劇は起きます。
初めての大量下血
化学の試験が始まる前、突然の腹痛
こんな時に・・・
と思いトイレに駆け込むと、今まで見たこともない量の出血でトイレが真っ赤になりました。
その状況を突っぱねられる強さは、その時の私にはなく。
試験だけはなんとか受けなけければと教室に戻り、試験に臨みましたが・・・
頭の中は真っ白でした。
「大丈夫、大丈夫」
と自分に言い聞かせていましたが、問題文を読んでも頭に入って来ないのです。
気づけは、試験は終わっていました。
自己採点の結果
自己採点の結果、国語は過去最高点、残りの科目化学以外はいつもと同じくらい
そして化学は、過去最低点でした。
化学で引っ張り上げてもらうはずだったのに。
受験予定の私立校はともかく、国公立の志望校は受けたとしても無理だろうな、と頭をよぎりました。
その時は流石に、
病気さえなければ。
なんで私が。
という気持ちに苛まれました。
そして、センター後は二次試験に向けて勉強することになるわけですが、
センター失敗後のことを担任に相談する気にはなれませんでした。
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