No title
楽しいこと わくわくすること
今を感じれること
今したいこと
今年は稀に見るくらい
自分の心や気持ちに率直に動いてみた
動く前はかなり色々考えて躊躇もあったし
普段なら手を止めて尊重の場所を 違う位置を選んでた
何度も考えて、どうしてもと思ったから
多分、手にしなかったら普段通りに過ごしただろう
けど、抜け出したくもあったんだ
きっと ずっと前から
自分と決めた
今までの頭を優先することをやめた
変わる気がしたから
実際変わったこともある
今までの自分からしたら、だいぶアクティブだ
むしろ戻った感覚に近いんだろうか
なんだかんだ負けず嫌いで
まるで自分本位を純粋で許されてた頃みたいに
自分くらいは許してやらないと
子どもの自分を置き去りにするのが得意なままだから
今年は何か変わるかなと思った
変わらないものもある
変わったこともあるけど
幾分か穏やかだ
感謝してることに変わりない
だけど無性に話したくなるんだよ
耳からはもう入ってこない声だけど
返事が聞きたくなる
会話ができることに奇跡を感じるなんて
おかしな話なのかもしれないけれど
もう一度だけでも
何を考えて 何を想って
頭ん中の映写機じゃなくて
そこにいるとして
自分の中の欠片の応えじゃなくて
逆立ちしたって叶わないって分かっちゃいるのに
声も 匂いも 感覚も遠のいて
霞んで そのままどんどん萎んでいくみたいに
消えてしまいそうで
哀しいんだ
そう、寂しんだ、ただ
立ち寄るように
帰れる場所
還れる存在
代わりを探したとして
代わりはいない
寂しいと思うこの気持ちも
貴方がいたからだ
そのことを哀しさや寂しさだけで彩るのは
本意じゃないって思えた
確かにあった 楽しいや嬉しいも
気恥しさやむず痒さも
情けなさや悔しさや
どこまでも忘れられない懺悔も
切りつけられるような痛みも
それでも触れられた温もりも
全部自分だ
自分が感じていた想いだ
蓋をしても前を向けたわけじゃなかった
ただ、素直に認めることで
貴方との繋がりも
あの頃の自分とも
手を繋いで 歩ける気がする
置き去りにしてごめん……
もう我慢しなくていい
よく頑張ったね…
一緒に
そうしてやっと
今の自分を歩いているとしっくりくる気がする
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