ストーリーに引き込まれ、選評におののく。作家になるって厳しい。『ノワールをまとう女 神護かずみ』


江戸川乱歩賞受賞作ということで、単行本には選評が収録されていました。気にはなりましたが、とりあえず、著者略歴を先に見ます。1996年に『裏平安霊異記』でデビューとあります。ちょっと検索してみると、どうやら時代物の小説です。表紙はなんとなくファンタジー風。プロの作家でも応募できるのだと初めて知りました。ついでに過去の受賞作もちらちらと見ると、西村京太郎さんに森村誠一さん、東野圭吾さん、池井戸潤さん、真保裕一さん・・・と歴々と著名作家が並んでいます。やっぱり、乱歩賞はすごいです。
さて、本編です。主人公は奈美。5行目の会話文が()でくくられていて、あれ?と違和感を持ちます。次第に会話する相手の正体がわかっていきますが、情報は散逸して小出しにされていっていて、ん?ん?と何度もページを戻ります。ちなみに奈美も最初の語りでは性別不明な雰囲気でした。名前が出て、初めて性別がわかる、といった感じです。
こういった、じらし、が多用される小説です。伏線は、伏線としてわかる形で張られていますが、うーっすらと、結末が見えてきます。
この本の魅力の一つは、ハードボイルドなタッチの文体でしょう。

“ただ、ただ・・・、観てはいないか?ひとつだけ、わたしを。
それは雑踏のなか、獲物を狙う獣のごとく息をひそめ、わたしを観てはいないか?わたしは観られていないか?
産毛が逆立っていくのを覚えた。静かな恐怖。それが、すっと首筋を撫でていった。”(p79)

奈美が尾行を感じる瞬間の描写です。改行が多い地の文での奈美の語りは、黒っぽい服しかまとわず、ストレートのバーボンをたしなむ奈美の性格を印象づけます。
あと、もう一つ、魅力を感じたのは、企業の不祥事を処理する奈美の独特の職業です。いまはほんのわずかのほころびみたいなミスも、ネットであっという間に拡散されていきます。だから、幹部の不倫問題を表に出さずに処理する-といった奈美の職業は、実際にありそうな感じがして、新手のスパイ小説めいた雰囲気が漂います。場所と相手と設定を変えるだけで、とても新鮮に見えるものだと感心しました。
ただ、惜しむらくは定型から抜け出せない展開でしょうか。やっぱり、真犯人が初登場時から見えていた。犯行に及ぶ理由も、中盤手前あたりでわかってしまいました。もちろん、そこに至るまでの道程での意外性や描写力は見事でした。筆力はとても高くて、テンポの良いリズムで飽きを感じませんでした。

ただ、この単行本で一番、驚いたのは、作品そのものよりも、選評でした。
芥川賞と直木賞の選評はフォローしていますが、乱歩賞のものを読むのは初めてです。選考委員は、新井素子さん、京極夏彦さん、月村了衛さん、貫井徳郎さん、湊かなえさん。
なんとなく、感じていたことを的確に表現されていて、やっぱり、プロの読み方は違うのだと恐れ入りました。そして、選評の厳しさよ!受賞作です。副賞は1000万円と、公募の文学賞では最も高いはずです。それだけの作品に対して、この指摘は・・・。強烈なのは、「流行りのJ-POPを演歌歌手が歌っているような作品」(湊さん)という言葉でした。Youtubeで米津玄師さんの「Lemon」を歌う演歌歌手の動画がとても好きなのですが、これを思い浮かべて、ああ、確かに、と納得させられました。月村さんの「裏社会を舞台とするならば、もっと人間の暗黒面に踏み込む覚悟が必要でしょう」という言葉に隠された、月村さんの矜持に感じ入り、「私は、このお話、好きです」から始める新井さん。けれど、選考会の厳しめの指摘を「そのとおり」とうなずく厳しさよ。誰も手放しでほめていません。
作家として生き残る厳しさよ。作中で、ある経営者が日本の茶道や華道をひきあいにして「道」を語るところがありますが、まさに選評に、「道」を感じてしまいました。

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