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縄文人チビッコたちのお遊び事情。

いやー夏ももうすぐ終わりますね。皆さんは、いかがお過ごしでしたか? 私はプールにいったり、BBQに行ったり、コロナになったりと良くも悪くもイベント盛りだくさん、遊びもいっぱいでした。「お前、縄文人っぽいこと全然してねーじゃん!」なんてツッコミは野暮ってモンです。あくまでもワタクシ、「縄文人になりたい現代人=現代人の域を出ないサラリーマン」でございますからね! 

遊び倒した休暇明け、仕事へ復帰すると「仕事がめちゃ溜まっとるやん・・・」と愕然とする、そんなサラリーマン。かつて青春時代、夏休み宿題追われてた子どもは大人になってもなかなか変わらんのであります。 

おっと。このままではただのしがないサラリーマンのダラダラ日記で終わってしまいます。ここで縄文時代、それも「ちびっ子たちのお遊び事情」に思いを馳せてみたいと思います。 彼らは夏休みも宿題なんて概念もなければ、そもそも遊び道具も何もない世界を生きていたわけで。彼らは一体どんなふうにして日々を過ごしていたのでしょうね。もちろん、ある程度の年齢になれば、狩や採集にも繰り出していたことでしょう。

といっても、やはり子どもは子ども。子どもは、好奇心の塊ですから、なんらかしらの遊びを見出して遊んでいたんじゃないか、と思うのですね。  

例えば、川に行ってどっちが沢山魚を取れるか、とか。ムラの大人たちから教わった狩の話を聞いて「いつか俺たちも立派な狩人になって、めっちゃ強くなるんだ!」と、他の子どもたちと木の棒でチャンバラのようなことを始めたり。 

このヤツシ妄想学説を裏付けるかどうかはわかりませんが、長野県南佐久郡にある北相木村の栃原岩陰遺跡では、落盤で亡くなったと思われる子ども二人の人骨が出土したそうです。子ども達の周りには、ムクノミやカタツムリ、カワシンジュガイが散らばっていたとのことで、この二人はこれで遊んでいたのかもしれないと言われています。

それが母の料理を真似たおままごとなのかもしれないし、世界最古のボードゲームと言われる「セネト」のように貝殻を使ったボードゲームだったかもしれません。ただ、少なくとも二人で一緒に何か遊んでいたようではあると。

日本最古の時代、縄文時代。そこには、まだまだ私たちの知らない未知の世界があります。だからこそ、ヤツシも妄想のしがいがあります。

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