結婚しても、「これまで通りの名前で呼んで」

結婚して苗字が変わる。
ごくごく普通のことに思っていたけれど、いざ自分が経験してみると、これまで27年間名乗ってきた名前が変わるのはこうも寂しいものかと思った。

私はずっと自分の苗字が好きじゃなかった。少し珍しい苗字のため、電話越しで一度で聞き取ってもらえることはほぼないし、漢字を読み間違えられることもしょっちゅう。学生時代は、先生に苗字の読みを聞かれるたび答えるのが億劫だった。
だから、むしろ私は早く結婚して苗字が変わってほしいとすら願っていた。はずだった。

そして、27歳の今年、ついにその願いは叶った。電話越しでも聞き取ってもらえて、読み間違えられることもない、理想の苗字を手に入れた。
なのに、籍を入れたその日に湧いた感情は、「寂しい」だった。一秒でも長く、自分の旧姓にすがり付いていたい気持ちだった。

ずっと好きじゃなかった苗字。でも、27年間名乗り続けてきたそれは、まぎれもなく私のアイデンティティの核となる部分だったし、いざ手放すとなると惜しくてたまらなかった。
なんと表現していいか分からないのだけれど、「これまでの27年間の私がいなくなってしまう」ような感覚になった。

でも、そうは言ってられないから、しれっと平気な顔して入籍届を提出して、ちゃんと新しい苗字で生活している。そのうち慣れるだろうと言い聞かせながら。

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たまに会う昔の友人からは、旧姓で呼ばれるし、旧姓から取ったニックネームで呼ばれたりもする。当たり前のことなのに、すごくうれしい。「過去の私もちゃんと存在してるよ」と肯定されたような気分で。
たまに、「あぁもう結婚したから○○じゃないんだね、なんて呼ぼっか?」なんて冗談めかして言われるけど、そのたびに私は切実な願いを込めて答える。

「これまで通りの名前で呼んで」

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