見出し画像

今日の絵本12:『三びきのやぎのがらがらどん』マージャ・ブラウン/せた ていじ

荒ぶる魂が求めている

12_三びきのやぎのがらがらどん

昔、三匹の雄やぎがいました。名前はどれも「がらがらどん」。
三匹はある時、山の草場で太ろうと山へ上っていきました。すると、途中の谷川に渡された橋の下に、気味の悪い大きなトロルが住んでいたのです――。

* * *

アメリカでは1957年、日本では1965年に出版されたこの絵本は、傑作として長年読み継がれてきました。2004年2月15日時点で第118刷。どれほどの子どもたちがこの作品に親しんできたのかを物語る、ものすごい数字です。

行動をともにする三匹の雄やぎたちの目的はただ一つ、「太ること」。明解です。おなかいっぱいに食べることは、何より幸せなことであり、生きるために欠かせないことでもある。だから彼らは恐ろしいトロルがいようとも、 草場に行くには避けられない谷川の橋を渡っていきます。

策がないわけではありません。三匹はこれまでにも、この作戦を決まりごととしてピンチを切り抜けてきたのかもしれない。それが証拠に、橋の下にうずくまるトロルの姿を見つけた時には少し驚いた顔をして見せた雄やぎたち、その後は恐れた顔をしていません。
「なあに、たいしたことないさ。ぼくらには作戦がある」とでも言っているような表情です。

先陣を切るのは小さいやぎのがらがらどん。微笑みすら浮かべながら、足取り軽く橋を渡っていきます。二番目やぎのがらがらどんとて同じこと。まったく怖がるそぶりも見せない。首をピンと伸ばし、堂々たる態度で悠然と、橋を渡り切ってしまいます。そんな彼らをトロルがみすみす見送ったのは、もっと大きいやぎが来るのを待っていたから。トロルもまた、おなかいっぱい食べたかったのです。

ところが大きいやぎのがらがらどんは、セオリー通りにはやってきません。気がついた時にはトロルにその立派な角を突きつけんばかりに近寄り、こう叫ぶのです。

「おれだ! おおきいやぎの がらがらどんだ!」
画面いっぱいに広がる大きいがらがらどんの、この迫力。それにひるまず「ひとのみにしてくれる!」と怒鳴るトロルに、さらにすごむ、がらがらどん。そして――。

-----
息子にこの絵本を最初に読んだのは、確か彼が3歳のときでした。保育園の教室にもこの絵本はあったので、彼は何度かこのお話を読んだことがあったようでした。でも、家で読もうとすると逃げていってしまうのです。「いやだ! こわいおはなし、きらい!」と。図書館の返却期限が来るまで、ついぞ読ませてくれることはなく。人気の高い絵本だけど、うちの子には合わなかったんだな…といささか残念に思いながら返却し、その後彼の前でこの本を読むことはありませんでした。

ところが4歳なかばになったころだったでしょうか。息子が突然わたしにこう言い出したのです。
「がらがらどんのおはなし、どうした? ぼく、よみたい」と。
家にはないんだよというとその場では諦めるのですが、ふと思い出したように何度も同じことを言います。それが数日続いたので、これはよほど読みたいんだろう…と図書館に走りました。ところが、さすが人気絵本。複数冊あるにも関わらず、開架分はすべて貸し出し中。かろうじて書庫に1冊残っていたので、それを出してもらってなんとか借りてきたのでした。

かくして保育園から帰った息子にこの「がらがらどん」を見せると、飛び上がって大喜び。早速「よんで」とせがまれて、読んであげました。以前は「こわーい」と目を覆って逃げてしまっていた彼が、いまは真剣な眼差しで画面を見つめ、大きいやぎのがらがらどんとトロルが対決する場面では拳を握って決闘の行方を見守っています。あまりの変化に驚きました。絵本には、その子なりの「適齢」というものがあるんですね。出会うタイミングによっては、これほどまでに反応が違うとは。

3歳になる直前くらいからテレビのヒーローものが大好きになった息子。彼のなかにはいま、英雄願望があり、また、たった4年半ではあるけれどもこれまでの経験のなかで「困難に立ち向かってやる」という「奮い立つような気持ち」というものを覚えたのでしょう。最初に「がらがらどん」を読んだ時にはなかったそれらの感情が彼のなかに生まれたことによって、彼は初めて「がらがらどん」に同調しながら「がらがらどん」の立場でお話を楽しめるようになったのかもしれません。そしてがらがらどんに自分を重ね合わせながら、自分の中に鬱屈した何かを発散しているのかもしれません。

-----
さてこの絵本、とにかく素晴らしいところだらけなのですが、まずはマーシャ・ブラウンの絵。のびのびと勢いよく引かれた線が生み出す躍動感が素晴らしい。メリハリのきいた画面構成によって、怪物トロルや大きいやぎのがらがらどんは凄まじいまでの迫力を感じさせます。なにより痺れるのはやはり、大きいやぎのがらがらどんがトロルに向かって叫ぶシーンでしょう。なんというかっこよさ。まさに漢。こんな男が仲間にいれば、怪物トロルを目の前にしても、恐れることはありません。

そして見逃してはならないのが、瀬田貞二さんの訳文です。「がらがらどん」という名前に始まり、「ぐりぐりめだまは さらのよう、つきでた はなは ひかきぼうのよう」「これで めだまは でんがくざし。」と、よくぞそのように訳してくださいましたという名訳ぞろい。冗長な説明を加えずとも十分に情景は浮かび、迫力が伝わってくる。この訳がなければ、この本はここまで日本で愛されなかったかもしれない…とまで感じさせる素晴らしさです。

-----
あなたのお子さんがこの絵本を喜んでくれるのは、はたして何歳ごろでしょう。早い子も遅い子も、この本をずっと嫌いなままの子も、いろいろいるはずです。自分の子どもなりの反応があり、それを見るのがまた楽しい(親ならではの絵本の楽しみ方の一つですね、これ)ということを、「がらがらどん」は改めてわたしに教えてくれたのでした。

※「今日の絵本」は、家で過ごす時間のために、ずいぶん昔に書いていた絵本ブログから、おすすめ絵本のレビューをランダムに紹介する記事です。リアルタイムに執筆した文章ではありません。ほんのちょっとでも、なにかのお役に立てれば幸いです。

オススメ度(読み聞かせ当時の記録です)
母------------------> ★★★
4歳7カ月男児---> ★★★

『三びきのやぎのがらがらどん』
▽ マーシャ・ブラウン(絵) せた ていじ(訳)/福音館書店(1965/07/01 原著“THE BILLY GOATS GRUFF”は1957米)/印刷:日本写真印刷/製本:多田製本
▽ かな/32ページ/26×21cm


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?