そして恋は終わるし、愛も消える
例えば消えてしまいたいと思う夜に、あなたが思い出すのはもう私ではないでしょう。
深く人生に絶望したり、誰かから裏切られたりして、大切にしていた全てが砂のようにサラサラとこぼれ落ちたとしても
ボロボロの心ごと抱きしめて欲しいと求める先にいるのは、私ではない。そして私にとっても、もうあなたではない。
それでも時々、私はあなたを思い出すよ。
これは未練でも情でも、ましてや愛などでもなく
たしかにあたたかった夢を閉じ込めた木箱を、そっと開くように。
「幸せになってね」と、思っていたことすら執着だったのだと何年も前に気がついた。「私より幸せでいてね」と願うのは、行き場のない罪悪感のかたまりを供養させたかったから。幸せだという答えをもらうことが出来れば、その言葉が免罪符となって私の罪は青空に消えてくれるでしょう。
あなたへの願いは心じゅうのどこにもなくて、ひとかけらでも存在していると感じていたのは、そう思いたい私が自分に見せた幻だった。
本当のところでは、いまのあなたがどんな人と、どんな幸せを手にしているとか、もしくはしていないとか。何を想像しても、世界のどこかで木々を揺らしている風のような距離のまま。それが、死別とほぼ同義の離別というものだった。
手を繋ぐことを互いに諦めた時点から、それぞれどんな形のものを拾って来たかなんてこと、答え合わせする必要もなければ、他人を遠く願うような暇もなかったでしょう。
あなたはもう私の夢の中のあなたではないし、私ももう、私ではない。
それならば、何のためにこんな文章を残しているのか。何のために書きながら、心の中を探っていくのか。理由の語れないことを、書く価値はないのかもしれない。見出してもらうことがないのなら、それは本当に、価値はないのかもしれない。
と、横道に進もうとする足を止めて
心のすべてを脱力させて、怯えず、素直に取り出してみれば
なんだか会いたくなった、ただ、それだけの理由だった。もう会えないとわかっているから。
消滅してしまったあなたに会いたいと思うことは、この先何度繰り返したとしても、二度と叶わないとわかっているから。
私たちは互いに心を失くしたし、愛と呼ばれるようなものも消えたけれど、その次の、もっともっと先の真新しいぴかぴかの姿で、今日を生きている。
二度と手を取り合うことのないこの世界で。
愛と情の違いは何か、なんて問いを辞めたのは、それ自体が私にとっては意味を持たないからだよ、そう思えたのはあなたがいたからだったね。
彼の手はまだ温かい
私のとおい夢の中でその手には血が通っている
その心臓を動かしているのは、もうあなたではない。
あなたのなかの、私も。