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ゆきとーく

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谷本ゆきの「ことば」を綴っています。 あなたの心と想像力が紐解かれて解放されていきますように。 このシリーズは有料になったnoteをまとめたものです😌 私の思うことをガンガン… もっと読む
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2021年5月の記事一覧

私が仮病をしなくなった理由(わけ)

小さな頃、学校が嫌で朝になったら お腹痛を発病してた私。 本当に体が弱かったので、 最初は疑われなかったのですが すぐにバレるよね。母親の恐るべし見抜く力。 そんなママさんの眼力を感じながらも 毎日カエルの合唱かのように「お腹痛い」が発病する。 実際は、全く痛くない。 痛いふりをするのって大変。 だってお腹が空いても食べられない笑。 「え?お腹痛いんじゃないの?」って 言われることを想像したら我慢の道しかないのです。 そんな私を見て、ママさんが言ってきたことが

愛がない”自分”、愛がある”あなた”

愛がないなぁ私。 そう感じることが日々ある。 もっとこうしてあげられたのに、ということで溢れる。 その度、自分がなぜそうしなかったかも向き合ってみる。 ツンデレもここまで来ると、 ただの頑固だなと思いながら、 毎日の自分と向き合う夜の時間。 普通なら1日の自分の感謝やご褒美や できたことなどを感じるのだろうけれど 私の夜の時間は「ザ・反省」 なぜなら、次の日に持ち越したくないので その日にとことん洗いざらいにしてしまうことにしている。 それがストレスフリーで、

隣の人の幸せは”本当”なのか

携帯のSNSには、 溢れそうな幸せをアップして 辛いことや苦しいことがこの人には 起きないのではないかというくらいの 笑顔で写っているものをよく見かける。 見ているだけで楽しくなるような ひとつひとつの更新に過去の私は疑問を少し持っていた。 ただ素直に楽しく見ていればいいのに笑。 観察や色んな視点で感じるのが無意識の趣味化としているので 鉛筆を見ただけでも色々と考える癖が 小さな頃からあるのです。 そんな面倒くさい性格を授かってしまった私という人間ですが 結構そうい

自分貯金をすると断捨離が上手になる

物をあまり持たないのですが その代わり、持つものには思い入れがあります。 毎月「自分貯金」をしているのですが笑、 これは起業した時から始めたことです。 その時は実は100円から始まりました。 離婚し人の借金を背負い、 子供と親とを養育しなければいけない時に なぜか起業しました笑。 自宅サロンから始めたのですが ベッドを買うお金も何もないので ホームセンターで大きな赤い座椅子を購入して バスタオルを巻いて・・・そこから始めたのが 今の株式会社SNOWの始まりでした。

そういうときは「笑ってさよなら」するの

物を捨てるとき 人とお別れするとき 環境と離れるとき そういうときはね、 「笑ってさよなら」するの。 そうすると次に入ってくる世界が またステージアップして 未来の自分が必要なことが入ってくるから。 だけどね一つだけ忘れないでほしいことがある・・・ *この記事は24時間無料記事です。過去のエッセイはこちらです♪ ↓

追いつめられても捨てられなかったこと

起業して14年。 何度も逃げたくなったことも 嫌になることも、 滅多斬りに傷ついたこともあるものです笑。 幾度となく”自分の人生”を見直しては できないところや 成長していないところばかりが浮き彫りになり 「私って何してるんだろう」 「一体何がしたいの?」と 単純に自分で自分をいじめる日々も経験してきました。 人って実は、 他人に追いつめられるより 自分で自分を追いつめる方が 大打撃を受けやすい。 他人の何かで傷ついたときは その傷ついたことで 色んな自分を引き出し

悲しいこととの向き合い方

悲しさってなんだろうと考えてみた。 悲しさだけじゃなく 人の感情って全て自分基準だ。 経験やトラウマや習慣が 今の自分の喜怒哀楽を作っている。 その感情も感覚も ”誰かが作ったわけではなく、自分で作っている” だけどね感情の中で 「悲しさ」だけは、ちょっと違うの。 悲しみはね、ほっておかないほうがいいの。 もちろん他の感情もそうなのだけれど、 特に、”悲しさ”からは守ってあげないといけない。 人の感情ってね、 その人が何のベースでできているかで 悲しみ一つも色ん

頭は使うものじゃなく触れるもの

*この記事は24時間無料記事です♪過去の記事はここにあります。 ↓ 亡くなった祖父の大きな手を今でも感じてる。頭をぽんぽん、としてくれた あの手を私の記憶は忘れることなく鮮明に覚えている。 彼が頭に触れる時は 私が何かできた時だった。 お魚を自分で食べられた時 缶詰を一人で開けられた時 栗を一人でむけた時 一人っ子の私にママさんは 異常な過保護だったせいもあり笑 1人であまり何でもできる子ではなかった。 それとは正反対に何でもやらす祖父は 私ができるまで見守っていた

走っても満たされなかった20代

走っても走っても満たされなかった20代。 苦しくて辛くて、もがいて 分かってもらいたいのに 分かってもらいたくなくて。