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『飛鳥之憶 ~ あすかのおぼえ』楽曲解説・6

本記事は、弊サークルが制作した東方Projectの二次創作音楽作品である『飛鳥之憶 ~ あすかのおぼえ』の解説文です。本記事では楽曲は掲載しておりませんので、CDと併せてお楽しみください。

◆ 六、『我にお任せを』


 人はどうして死を受け入れなければならないのか。神子は若い頃から父親を亡くし、朝廷の権力争いに巻き込まれ、多くの民が病に倒れる姿を幾度も見てきました。それ故、死に対する恐怖には敏感でした。死生観について説かれている仏教の教えは、かねてより神子の強い関心を引くものでしたが、神子の不安を解決するためには、仏教世界の中で説かれていることだけでは満ち足りないことも察し始めていました。
 それに、この世界は有史以来様々な権力者が国や地方を治めてきましたが、たとえどんなに優秀な権力者であろうと人間の限られた時間の中で、正しい国家の在り方を啓蒙しながら民に正しい教えを教え導いていくことは大変困難である、そのように神子は理解していたのです。
 一人の人間として死の恐怖を克服したい。そしてどんなに時間がかかっても、一人の為政者として、民を、人類を、正しい道へと導いてあげたい。神子には神子の理想とする世界像が見えていましたが、それと同時に身体が刻々と死の道を少しずつ歩んでいることも自覚していました。以前に身体を壊してしまったことも影響して、この肉体もこの先それほど長く保たないだろうと。神子は仏教と道教の研究を並行して行っていましたが、自分の大きな夢を実現させるためには、やはり道教の最終目標である不老不死に頼るほかないという結論に達したのです。布都と屠自古を弟子のように従え、青娥の指導のもと、神子はついに尸解仙となる決意をします。
 もちろん、飛鳥の都は仏教を基盤として国家の礎を築いていたがために、神子とその周囲の者が私的に道教を研究していることは、彼女たちだけの秘密になっていました。朝廷内では他の者に気付かれることがないよう、尸解の準備が秘密裏に進められます。

 ある日の夜、朝廷内の政務が終わって皆が寝静まった頃、神子は布都を部屋にこっそり呼び出します。日中の神子は朝廷の政務に務めていましたが、道教や尸解仙などの私的且つ閉鎖的な研究は公に出来るものではないので、朝廷内の者と関わることのない時間で隠密に進めることとなっていました。

 「ただいま参りました。神子様、今宵は如何様なご用件でありますか」

 フルートとファゴットが『大神神話伝』を低く抑えた声で奏でます[譜例㉕]。

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 わざわざ人目のつかない夜中にこっそりお呼びするということは、道教や尸解仙に関わる秘密の相談であることは容易に想像できます。今回の神子の表情はどこかおぼつかないようで、布都が話しかけてもなかなか口を開きたがらない様子でした。

 一呼吸置いて主旋律は代わり、3拍子の『聖徳伝説』がオーボエによって奏され[譜例㉖]、神子は話し始めます。

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 「実は、尸解の術の実行に不安があって、それから毎晩寝付けないのです」

 「それならば我がここで子守唄でもお歌い奉りましょうか」

 「いや、そうじゃないのです」

 神子はわざわざ布都を呼んで何やらお願い事をしたい様子ですが、なかなか話したがりません。それも、いくら尊い身分である神子であっても、神子はかつての内乱で、布都の協力を得ながらも物部氏の兄弟たちを見殺しにしてきた者の一人ですから、布都にはあまり強気な言葉をかけられないのです。しかも今夜ばかりは、より一層。

 「布都は尸解の術を施すことに心配や不安はないのですか?」

 なかなか本題に踏み出せない神子は、先にこのような問いかけを布都にしました。

 「実力をお持ちで優秀な仙人様がおられるではありませんか」

 「本当に何もないのですか?」

 「心配が全くないとは申し上げられませんが、青娥殿を信ずることができればそのような懸念は無用かと存じます」

 「そうですか……」

 しばらく間を置いて、神子は再び口を開きます。

 「私は様々な場面で死に近接する体験をしています。もちろん私は身分上、幸運にも衣食住に困ることはありませんでしたから、道端で飢えるような体験はしていませんが……。かつて誤った薬を服用してしまった時はもうこの世に留まれないかと思いましたし、それに、最近おかしいのです。時折夢の中では私を死へと誘おうとする何者かが現れますし、夢の中で何度も命の危機を感じて飛び起きたこともあります。私の耳も、死の傍にいる者たちの苦しみ悶える声が日に日にたくさん聴こえてきます」

 更に神子は続けます。

 「できれば今すぐにでも、こんな死の恐ろしさに囲まれた暮らしからは遠ざかりたいものですが、それをするために一度、死ぬという行為を自ら経由せねばならない。術を施した特殊な死といえども、そのとき私は、私の身体が錯乱を起こして本当に死んでしまうのではないか、という恐怖があります。しかも、この術に失敗は許されません」

 神子は尸解の術で一時的に死ぬことの恐怖を吐露します。

 「尸解の術には我も屠自古もお供しますから心配は無用ですぞ」

 布都が答えますが、神子は続けます。

 「ええ、もちろんそれは私にとってとても助かるのですが……布都……」

 神子はうつむきがちに、布都の顔を直視できないまま話していましたが、布都は真剣に神子の傍で、彼女が言いたいことを言うまで黙っていました。

 「布都、術を、私より先に施してくれませんか?」

 神子にとってとても大きな願いを、彼女は布都に申し入れました。神子は布都の返事が怖くて、自分の顔を布都の視界から少し隠すようにして布都の返答を待っています。

 「我が先に尸解の術を実践することで神子様の不安を払拭できると仰せであれば、神子様へのご奉仕として、我は誠に、この上なく光栄であります。この布都、喜んでお引き受けしますぞ」

 布都は神子から、私より先に尸解のために一人で死ぬように、と遠回しに頼まれたのですが、布都はこの要求に全く抵抗や不安がなかったようで、これを快く引き受けました。

 「本当ですか布都。ありがとう」

 「いえ、お気になさらず」

 神子は布都の顔を見ようと努めて少しだけ顔を上げてお礼を言いました。布都の返答を聞いて、布都の忠誠心は確かなものだと、神子は心に秘めたのです。

 「どうぞ、我にお任せを」

 去り際に言い残した布都の言葉が、神子の体へと染み込んでいきます。


 ……人間としての最期の眠り、最期の夢の中で、神子はこの布都とのやり取りを回想します。布都はとうに尸解の術を施して、人間としての永遠の眠りにつきました。約束通り布都が先に眠り、神子は眠った布都の体をしばらく観察して、それが朽ちることなく確かに術が効いていることを自らの目で確認した後、布都に続く形で彼女も眠りに入ったのです。

 『聖徳伝説』の2拍3連のフレーズが下行していき[譜例㉗]、少しずつ、意識が低いところへ沈んでいくような、先の布都が眠りに落ち着いた場所に近付いていっている気がします。

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 フルートが『大神神話伝』のメロディを子守唄のように奏し[譜例㉘]、こちらですよと布都が呼ぶような声が聴こえます。

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 その手引きに誘われて、肉体のあらゆる感覚、生きているという感覚が、体そして魂から少しずつ抜け出して、薄い霧のように周囲の空間へ霧散し、一体化していきます。

 次に目覚めた時は、もう仙人の体です。今までの人間の肉体ではありません。そしてこの眠りから目を覚ますべき時は、私がいなくなった世界で再び私の存在を欲する声があがった時。その時がいつになるのか、神子は身体を眠らせている間、常にうっすらと世界の「欲」を聴き続けるようにしていました。

 ……しかし、神子も布都も、この眠りから目覚めるまで1400年の時が流れることになるとは、この時まだ誰一人として想像していなかったのでした……。

七、『都の良香、仙女と会う』に続く――

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