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『飛鳥之憶 ~ あすかのおぼえ』楽曲解説・4

本記事は、弊サークルが制作した東方Projectの二次創作音楽作品である『飛鳥之憶 ~ あすかのおぼえ』の解説文です。本記事では楽曲は掲載しておりませんので、CDと併せてお楽しみください。

◆ 四、『衰えと慰撫』


 「丁未の乱」は蘇我軍の勝利に終わり、倭国は仏教国としての第一歩を歩み始めていきます。その一方で神子は、表向きには仏教を尊びながら、青娥の指導のもと道教の研究にも勤しんでいました。道教の研究にあたっての究極の目標は不老不死を得ることですが、神子はその研究が原因で身体を壊してしまいます。

 咳が止まらない、身体が熱い、意識がぼんやりとする……。ファゴットが高音域で演奏する『聖徳伝説』のソロ[譜例⑯]が、今までの第1~3曲目では見られなかった神子の苦しく悲痛な容態を想像させます。

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 その後に続くクラリネットの2拍3連を中心としたモチーフのソロ[譜例⑰]も、原曲では本来上へ上へと上行していくモチーフですが、ここでは下へ下へと下行していき、神子の身体が弱っている様子を痛ましく演出します。

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 「ここのところ体調が優れないようですが……」

 蘇我屠自古はそんな神子の姿を見かねて心配する声をかけ、『夢殿大祀廟』[譜例⑱]が現れます。ヴァイオリンを中心に次々と『夢殿大祀廟』の旋律が演奏し続けられ、心配する屠自古は次々と神子に声をかけていきます。

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 「私はまだここで倒れるわけにはいかない。必ず元気になるから、あまり心配しないでください」

 屠自古の声を聞いた神子は少し気力を取り戻し、先の[譜例⑰]のクラリネットによる2拍3連の『聖徳伝説』モチーフのソロが、今度は一時上行する形で現れますが、またすぐに下行へと向かい神子の意識は遠のきかけます。

 「しっかりしてください神子様」

 言葉が不明瞭になり眠りにつくような神子に屠自古は大きく声をかけ、揺さぶり起こすような弦楽器のトレモロと共に再び『夢殿大祀廟』が現れます。

 「これから神子様と私たちの時代だというのに、神子様がずっとこんな姿じゃあんまりです。私たちにはもっと素敵な未来が待ち受けているはずです」

 屠自古は続けてそのように神子へ語りかけ、ここで音楽はがらりと一変し、今までの暗い雰囲気とは一風変わった明るい『夢殿大祀廟』[譜例⑲]が出現します。

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 弱った神子を励ますように屠自古の夢が語られます。屠自古にとっては、神子が存在しないこの先の世界が考えられなかったのです。
 屠自古が将来に描く夢、仏教の学問や教えにより倭国は豊かになり、国家の地盤は固まって、かつてのような争いもなく平和で安定した、今までにない国造りができると、彼女は考えていました。その上、美麗且つ学問に秀でていた神子の存在を、神子の近くにいた屠自古が意識しないはずはありません。いや、朝廷の利権や権力争い、皇位の跡継ぎの問題など、そんな厄介ごとはもう面倒。できることならいっそのこと政など全て放り出して、この自然豊かで平和な飛鳥で、思うまま優雅に死ぬまで幸せに暮らしていきたい――。次々と屠自古の思い描く将来の夢の世界が、屠自古の口から神子の耳へと語られます。

 「だから、せっかくここまで、今まで血生臭い困難を乗り越えてきたのに、ここで倒れ込んでしまっては今までの苦労が水の泡です」

 屠自古の夢を傾聴していた神子は改めて強く実感します。そう、こんなところで人生を、夢を終わらせてはいけないと。
 屠自古の勇気付けにより神子の表情も少し明るくなります。今までの『夢殿大祀廟』がもう一度繰り返されると同時にチェロ・クラリネット・ファゴットによって『聖徳伝説』の旋律も加わって[譜例⑳]、神子と屠自古は二人して夢の世界を描き、共に優しい愛の歌を歌います。オーケストラが少しずつ盛り上がっていくにつれて、二人の夢も拡大していくのです。

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 しかし二人の夢の語らいもつかの間、神子が取り戻した気力もそう長くは保たず、音楽が盛り上がりきったところで神子の声は再び弱くなっていきます。屠自古はしばらく一人で夢の世界に夢中でしたが、神子の様子がまた変わってきていることに気付き、屠自古の顔も曇り始めます。
 音楽は再び冒頭の世界観へと戻り、神子は目と口をうっと締めるような表情をしながら横になってしまいました。不安になった屠自古が1度、2度と声をかけます。

 「神子様……?」

 再びクラリネットが[譜例⑰]と同様『聖徳伝説』の2拍3連のモチーフを下行させながら奏して、やがて神子はおぼつかない表情のまま眠りに入ってしまいます。

 「神子様、私はずっとお慕い申し上げますからね……」

 3度目の、神子へ呼びかける屠自古の声が部屋の中で静かに響き、屠自古は孤独に包まれてしまうのでした。


 五、『二人を結ぶもの』へ続く――

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