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『飛鳥ノ遷都 ~ アスカノセント』楽曲解説・1(初回)

本記事は、弊サークルが制作した東方Projectの二次創作音楽作品である『飛鳥ノ遷都 ~ アスカノセント』の解説文です。本記事では楽曲は掲載しておりませんので、CDと併せてお楽しみください。

◆ まえがき

◆ 『飛鳥ノ遷都 ~ アスカノセント』について

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 『飛鳥ノ遷都 ~ アスカノセント』(以下、『飛鳥ノ遷都』)は、同人サークル「針の音楽」の白鷺(はくろ)ゆっきーが2018年7~8月に制作・発行したオーケストラによる東方アレンジCDで、本記事はそのアレンジのオーケストラスコア(総譜)に添書されている解説文です。

 『飛鳥ノ遷都』は、同人サークル「上海アリス幻樂団」制作による弾幕シューティングゲーム『東方神霊廟 ~ Ten Desires.』(以下、『東方神霊廟』)(2011年)を原作としており、同作品内に収録されている『聖徳伝説 ~ True Administrator』・『大神神話伝』・『夢殿大祀廟』・『古きユアンシェン』・『リジッドパラダイス』・『デザイアドライブ』・『デザイアドリーム』・『小さな欲望の星空』、以上8曲を主な原曲とするアレンジでアルバムが構成されています。各曲はそれぞれ1つの楽曲として独立して成立するものではなく、必ず前後の楽曲との文脈が繋がるようにアレンジが施されており、全体で一つの組曲のようなアルバムとなっています。

 また、この『飛鳥ノ遷都』は『飛鳥之憶 ~ あすかのおぼえ』(以下、『飛鳥之憶』)の続編に相当する作品になっています。『飛鳥之憶』では、『東方神霊廟』作品内に登場するキャラクター、豊聡耳神子・物部布都・蘇我屠自古・霍青娥・宮古芳香、以上5名の生前の記憶・体験を回想し標題音楽として描くというコンセプトのアルバムでしたが、本作『飛鳥ノ遷都』は、豊聡耳神子が尸解仙となる計画を立てて眠り、幻想郷に復活するまでの物語を音楽で綴る、というコンセプトのアルバムになっています。

 全体的なアレンジについては前作『飛鳥之憶』と同様に、同じ原曲を複数回にわたって多用し、状況や場面、その時々のキャラクターの感情などに応じて、楽曲が様々な形にアレンジされ展開されていくというスタイルを引き継いでいます。しかしながら『飛鳥ノ遷都』が『飛鳥之憶』と大きく異なるのは、『飛鳥之憶』は過去の回想が主なテーマであったのに対して、『飛鳥ノ遷都』では時代設定が現代であるという点です。この点は『飛鳥ノ遷都』の世界観において、音楽的にも物語的にも重要なポイントとなります。ストーリー上バトルシーンの描写が多いことと、また原曲独特のリズム感やドライブ感を出すために、通常の打楽器に加えてドラムセットもオーケストラの編成に組み込まれています。これにより本作『飛鳥ノ遷都』のオーケストレーションは、前作の『飛鳥之憶』と比較して一線を画していると言えるでしょう。

 また、『飛鳥之憶』は1400年前の出来事の話、『飛鳥ノ遷都』は現代の出来事の話という時代の対比がなされていますが、音楽の演出上では意図的に『飛鳥之憶』とアレンジや表現をリンクさせている箇所もあります。『飛鳥之憶』と『飛鳥ノ遷都』は両作品セットで、「飛鳥シリーズ」とも言えるような、『東方神霊廟』の大きな二次創作作品の形を成すことになるでしょう。ぜひ『飛鳥之憶』と併せて比較しながら、本作『飛鳥ノ遷都』をお楽しみいただければ幸いです。


◆ 一、『明けぬ夜、眠る待ち人』

 今から1400年前、飛鳥時代の日本。豊聡耳神子は不老不死を得るため、青娥の協力をもって尸解の術を施して眠り、尸解仙として復活することを企てました。そしてその神子の尸解の計画には物部布都と蘇我屠自古も加わっていました。

「3人で尸解し共に復活しよう」

 ……そうなるはずでした。時は現代、神子・布都・屠自古の3人は尸解の術を施しましたが、布都の何らかの策略により屠自古は尸解仙としての復活を果たせず亡霊となってしまいます。彼女はもう尸解仙になることも元の身体に戻ることもできずに、神子と布都が復活するその時まで、2人が眠る霊廟の中をふわふわと浮遊して待っていたのでした。

 尸解の術を施してからもう幾年も長い時が経ち、もはや屠自古は尸解することを妨げたであろう布都への恨みなども忘れてしまっていました。静まる広い霊廟の中、いつ2人が目覚めるかも分からない退屈な時間の中で、屠自古は待ち続けます。彼女が待ち続ける理由はほとんど1つ、何百年も目の前で沈黙を続ける、慕う主の存在でした。それが、今までのあらゆる恨みや嫉妬や恐れといった感情を通り越して、亡霊となってしまった彼女をただひたすら強かに生き続けさせます。いつか、太子様の目覚めという日の出が見られる時を夢見ながら。

 『飛鳥ノ遷都』のオープニング、そして神子たちが眠った後の新たな物語の幕開けを担うこの第1曲目は、神子の目覚めを待ち続ける屠自古の境遇を中心に演出されます。

 イントロは弦楽器の静かな和音に始まり、豊聡耳神子のテーマ曲『聖徳伝説 ~ True Administrator』(以下、『聖徳伝説』)の様々な音型が、まずはピアノ[譜例①]、

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そしてチェロ[譜例②]、

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ヴァイオリンとヴィオラ、オーボエとクラリネット、グロッケン、やがてホルン[譜例③]に至るまで、

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様々な楽器に散らばって、幾多もの神子の記憶や思い出が周囲に映し出されるようにオーケストラを取り囲みます。

 イントロが終わると再び静かな世界観に戻り、フルートやオーボエらによって蘇我屠自古のテーマ曲である『夢殿大祀廟』[譜例④]が導入され、未だ目覚める気配のない神子を前に孤独に待ち続ける屠自古の姿がひっそりと映し出されます。優しいハープの伴奏が淡々と彩られていくも、人間の肉体を持たず、足を地につけることもできない彼女からは、あまり生気に溢れた様子は伺えないようです。

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 屠自古が神子の目覚めを心待ちにしていると、主に対する気持ちは次第に大きくなります。楽曲はその気持ちに答えるかのように、今までの『夢殿大祀廟』に代わって『聖徳伝説』の旋律が楽曲を情熱的にリードしていきます[譜例⑤]。またこの旋律の結部には屠自古の夢を神子に託すかのように、『デザイアドリーム』のフレーズ(旋律は『デザイアドライブ』と同一)で締められます。

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 主の存在を少しだけ身近に感じた屠自古は、その気持ちをより一層強く持ち始めます。楽曲は2コーラス目に入って一旦落ち着きを取り戻すも、それ以降も未だ盛り上がり続けることを忘れません。1コーラス目よりも更に少し肉付けされたようなアレンジによって2コーラス目が展開されていくと、それまでの感情に留まらず、『夢殿大祀廟』と『聖徳伝説』は2人の夢を共に抱いて、屠自古の心と記憶の中で一体化していくのです[譜例⑥]。

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 主の存在に身を寄せれば寄せるほど、遠く深い眠りに旅立ってしまった者と、亡霊のままただ生の実感のない時を過ごし続けている者との間に近さを感じさせ、それが幸か不幸かまた屠自古の心の寂しさをも同時に増大させていく。溢れる心から感情の行き場を失ってしまった屠自古は悲嘆の慟哭を上げ、このオープニングは『飛鳥之憶』のオープニングの終結部を彷彿とさせるような形で閉じられます。

 豊聡耳神子の目覚めを前に、新たな伝説が始まろうとしていました……。


 二、『追憶』へ続く――


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