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『飛鳥之憶 ~ あすかのおぼえ』楽曲解説・2

本記事は、弊サークルが制作した東方Projectの二次創作音楽作品である『飛鳥之憶 ~ あすかのおぼえ』の解説文です。本記事では楽曲は掲載しておりませんので、CDと併せてお楽しみください。


◆ 二、『隋からの渡来人』


 オープニングとしての第1曲目を終えて、物語はこの第2曲目から本格的に展開します。
 大陸の仙人である霍青娥は、自分が持っている道教の力を誰かに見せびらかしたい気持ちがありました。しかし大陸にとって土着の信仰である道教は、大陸ではもはや珍しくありません。天女のような羽衣をまとった魅惑的な顔立ちの青娥は、その美しい風貌とは裏腹に、大陸での暮らしに飽き飽きしていたのです。やがて彼女は大陸を離れて、まだ大陸との交流が薄く東の海を越えた遠い島国の日本に移ることを決意します。
 この曲は霍青娥のテーマ曲である『古きユアンシェン』を中心に、青娥が日本を訪ねて豊聡耳神子と出会うまでの場面を、『古きユアンシェン』と『聖徳伝説』の2曲を組み合わせて描いたものです。原曲の『古きユアンシェン』は非常に快活なテンポでアグレッシブな楽曲ですが、ここでは美しくも孤独で退屈している仙女のイメージを演出するために、ゆったりとしたテンポと、魅惑的なリハーモナイズが施されたピアノソロによって描かれていきます[譜例⑥]。

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 当時は倭国と呼ばれていた日本。青娥は権力者が集う中央政権のある大和国をはるばる訪ね、宮中に近付きます。古風な倭国の宮中儀式の音を模したハープのアルペジオ[譜例⑦]が聴こえ、隙を突いた青娥はこっそりと宮へ侵入。宮の者がみな寝静まったあと、皇族の中でも聖人として噂されていたまだまだ幼い豊聡耳神子に、息を殺しながら接触します。

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 得意の壁抜けの術で神子のもとに突如現れた青娥。神子は驚きますが、同時に倭国では見かけることのないその不思議な姿からただ者ではないことを悟ります。青娥が神子に落ち着いた口調で静かに語りかけるように、冒頭の『古きユアンシェン』のピアノソロ[譜例⑥]が半音低い調で再現されます。


 「私は大陸由来の宗教である道教の修行を積んだ仙人です。倭国では遥か西の天竺から伝わった仏教と、日本古来の信仰である神道とで対立が起きていると聞いています。そこで、私が紹介人となりますから、仏教・神道だけでなく大陸の道教という新しい信仰の選択肢を提案してみてはいかがでしょうか?」


 突然このようなことを言われた神子は惑います。幼い神子は、頭脳こそ周りの者と比べて抜きん出ていたものの、まだまだ政に対する発言権や判断力を持っているわけではありません。青娥が神子に話している間、『聖徳伝説』の音型が随所に現れ[譜例⑧]、判断に迷う神子の姿を演出します。

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 続けて青娥は道教の魅力を紹介し続けます。日本は仏教が渡来してきてからまだそれほど年数は経っておらず、日本にとって仏教とはまだまだ新しいものでした。それにも関わらず、神子には既に仏教の様々な教えについて理解を示せるほどの理解力がありました。神子は仏教のみに留まらず、仏教にはない道教の魅力についても理解を示し、道教という宗教・学問に興味を抱いていきます。
 しかし青娥が話すことは、自分の能力を誰かに教えたい、広めたいという目的が主なものです。それは、いま倭国に新しく渡来してきた仏教の教えを積極的に取り入れるか、倭国固有の神道を重んじ国家の基盤を揺るぎないものにするかで争っているような、現在の倭国が直面している問題に解決法を与えるような話ではありませんでした。それに加え、ただでさえ仏教と神道という宗教対立を利用しながら権力争いをしている倭国の中央政権の中で、そこに更に道教という、修行を積めば常人を越えた力を持つことが出来て最終的に仙人になることを目標とするような斬新な考え方は、現在の倭国に必要とされる教えではありませんでした。
 神子は戸惑いながらもそう青娥に伝えると、さすがの青娥もこの神子の答えには驚きました。青娥もまた、自分の力と教えを誰かに伝えたい、広めたいという野望だけでなく、目の前の神子が持つ秘めた力そのものに興味が湧いてきたのです。青娥の興味関心は次第に豊聡耳神子という人物そのものへ移っていきます。これまでは主にピアノがメインに活躍していましたが、ここからは今までに出現しなかったアルトフルートとバスフルートが初めて登場します。青娥は少し閃いたように顔にうっすらと笑いを浮かべながら、今までにないより一層真剣な声色で、次のように提案するのです。


 「であれば、あなた自身が道教を学んでみてはどうでしょうか?」

 彼女の口からこの言葉が発せられた瞬間、オーケストラは2人を次々と分厚いカーテンで囲い包むように大きく拡大し、神子の脳内は青娥と自分だけの世界に包まれ、その深みに吸い込まれていきます。これが2人の運命的な瞬間となったのでした。


 「これほど若くして聡明なお方、私の手ほどきで皇太子さまをお育てしてさしあげれば、将来この上なく立派な、尊きお方になるに違いありません。だから私が教えるべきことは、あなた自身のために教えましょう」


 青娥はそう決めたのです。無論、道教に対する関心を持っていた神子は、これを快く受け入れ、2人はこれ以降お互いに強く惹かれ合うようになります。ヴァイオリンが『古きユアンシェン』のモチーフを、ハープが『聖徳伝説』のモチーフを奏してお互いに絡み合い[譜例⑨]エンディングに向かって収束していきます。

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 神子が自分の身体をすっかり青娥の胸元に預けた後、青娥は神子が見えていないところでニッコリ不敵な笑みを浮かべるのでした。


 三、『丁未の乱』へ続く――


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