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もう自分を一言で表そうとするのはやめた

周りにいる唯一無二の人たち

皆さんの周りには、その人にしかないスキルを武器に精力的に生きている人や「私は●●です!」と自信を持って自分のことを説明できている人はいませんか?

自分の周りにはそういった人が多く、そのような話を聞くたびに、いつしか、何とも言えない焦りや憧れのような感情を抱くようになっていました。

自分はこれまで、様々なことを手広くやりながら人生を歩んできました。例えば、プログラミング、マジック、動画編集、特定の分野の記事の執筆や添削、何かを教えること…などなど。

それらのスキルを使って自己表現をしたり、その結果として収益をあげたりすることが好きで、そのほとんどはお仕事で行うレベルまで腕を磨いてきました。

「色々なことをやってるね」と肯定的に言われることが多かったですが、先にあげた唯一無二の人たちをよく目にするようになってからは、一体自分は何の人なんだろうと悩む日々が始まりました。

承認欲求もそこまでなく、幸せが何かも見出し始めている

ただ、有名な人になりたいとか、何かを尖らせて誰かから評価されたいという感情はあまりありません。勿論、WEBエンジニアとして働いていますので、何か自分で面白いものを作ったり、外部で発表したりみたいなことはしたいですが、それは自己の研鑽をし続けたいという生き甲斐が理由の大半です。

最近は気が滅入るような話題を避けるためにスマホからXも消し、過去にフォロワーの数やいいねの数を欲しがっていたのが遠い昔のことのようです。

少し話題はそれますが、自分はエンジニアを目指し始めた3年前に自分の生き甲斐を見出すことができました。それは今のところ、変わっていません。

  • 力をつけ続けること

  • つけた力で頑張る人を応援すること

この2つです。そして、大切にしている家族と、コミュニティがいくつかあります。この2つを達成しながら、そういった周りの人たちと生きるのが自分の幸せです。
ですから、必要以上に儲けたいとか(リスク対策や将来の可能性のためにあるに越したことはないですが)目立ちたいとかは、今はあまりありません。

それでも、漠然と、自分のことを一言で表せる唯一無二の何かでなければならない、といった気持ちがありました。

なぜそう思ったのか

今まであまり気にしたことはなかったのに、急にそのように考えるようになったのはいくつか理由があります。

大きなものは、AIの登場と、周囲の自分と同じくらいの年代の人の活躍です。

最近は、さまざまな分野でAIが著しく活躍を見せ、自分が業務で書いているコードもAIが書いたり、相談に乗ってもらったりすることも多いです。
そんな中でも、同年代のエンジニアは特定の専門分野で活躍し、何かAIだけでは生み出せない価値を発揮しているように思います。

仕事柄、まさに自分の尊敬するクリエイターの皆様と関わることも多いので、そんな時代で自分は一体何なのだろう…と漠然と考えてしまうようになったのだと思います。

「何が幸せか」に立ち返る

そんなことを考えた結果、やはり最後には「どういう状態が幸せか?」に戻ってきました。

そうすると、先に挙げた

  • 力をつけ続けること

  • つけた力で頑張る人を応援すること

  • 家族やコミュニティの人と過ごすこと

ここに戻ってくるわけです。

冷静に考えば、唯一無二の何者かになることに憧れはありますが、自分のこれまでの生き方や幸せの尺度を考えると、手広くスキルをつけて、そのスキルで貢献できる人たちを増やすといった生き方の方が良さそうだと納得できました。

多分、自分のスキルの一部は、AIに置き換わっていったり、より専門性のある人にとっては些細なものだったりするのでしょう。

ただ、自分はこの生き方で間違いなく幸せであると考えています。昨日より成長できた自分を見て、身につけた力で頑張ってる人に貢献し、それを地道に繰り返していくことで好きな人とのつながりを増やしていこうと思います。

良い面もある

色々やっているからこそ、それらのスキルが繋がったり、実は関連してたりしてそこに感動することもありますね。
例えば、教えるスキルがプログラミング教育の現場で生きたり、マジックで怖気付かずに大勢の前で披露した経験が社外での発表に応用できたり、などです。

厳しい人はそんな人を器用貧乏を呼ぶかもしれないです。ただ、自分が幸せであればそれでいいんじゃないかと今は納得できています。

もう自分を無理に一言で表すのはやめて、色々楽しみながら過ごしていこうと思います。


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