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ゼロから始める伊賀の米づくり〜新米兼業農家の記録〜

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2020年1月、三重県伊賀市の父の実家の田を継ぐことになった男の米作り1年目からの記録です。京都⇄伊賀の二拠点生活を送っている筆者が、家族の思い、地域の信頼に応えるべく、自然のま…
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ゼロから始める伊賀の米づくり42:春の田起こしと、土・自然・機械とのコミュニケーション

冬の農閑期の間に圃場の石拾いをしてから約2ヶ月。 3月に入り、いよいよ5月連休の田植えを見据えての田起こしの季節がやってきました。 稲の苗の根付きを良くするため、また、春になって繁茂してくる雑草を鋤き込んでいくため、トラクターで田んぼを耕す作業です。 今回は、トラクターの操作上で注意すべき点がいくつかあったため、それごとにまとめてみたいと思います。 泥の中をトラクターで走る際の注意点まずは、水路の水漏れが起こってしまっているこちらの田んぼです。 雲ひとつない快晴の天

ゼロから始める伊賀の米づくり40:野生動物や自然と共に生きる田んぼ

正月休みの間は、時間に囚われずにゆっくり自然を観察することができます。 そして、じっくり観察してみると、改めて自分の今いる場所は、人間以外のさまざまな生命の生きる舞台なんだなぁ、と実感することができます。 夏の間は雑草が生茂り、それを除草するために暑さと草の生命力との戦いになりますが、冬はまた一味違った自然を体感できます。 まず、朝、目を覚まして田んぼに向かうと、霜の降りた姿を見ることができます。 もう少し手前に目をやれば、水たまりは凍りつき、日の光を反射しています。

ゼロから始める伊賀の米づくり39:冬の夜明けの散歩風景

前回の記録は、稲刈りを終えてから行う必要があった秋起こしの際のものでした。 稲刈りを終えてからも土の中の栄養を稲の切り株は吸い上げ続け、成長しようとします。 そんな稲の切り株……蘖(ひこばえ)をトラクターで耕して土に還し、地中での有機物の分解を促すことで次のシーズンの土の肥やしにする。それが、秋起こしでした。 そんな秋起こしからしばらくし、正月休みに入ると田んぼの様子も冬の様相を呈してきます。 私の田んぼのある三重県伊賀市は盆地であり、昼夜の寒暖差の大きな地域です。

ゼロから始める伊賀の米づくり38:湿地化しつつある田んぼを秋起こし

9月初旬に収穫と出荷準備を終え、晩秋。 田んぼをトラクターで鋤き込む「秋起こし」を行うことにしました。 我が家の田んぼの一つは、U字溝および畦の劣化によって水が染み出してしまい、半ば湿地のようになっています。 早く塞いでカラッと土を乾燥させたいと思いながら、対策の時間を取れずに今日に至ってしまっています。 とはいえ、稲刈り後に再び再生しつつある蘖(ひこばえ)や稲藁をトラクターで鋤き込んでしまうことで、土に還さなければ蘖は地中の栄養を吸い出してしまいます。 トラクター

ゼロから始める伊賀の米づくり36:私(たち)の現在地

最後まで天気が気がかりだった今年の稲刈りも、家族3人体制で無事に終えることができました。 今回の稲刈りに際して、いくつも考えが浮かんできたので書き留めておこうと思います。 『家』のこと、『新しい兼業農家像と家族像』のこと、『人と自然の関わり』のこと、『これから』のことなどです。 家(イエ)田んぼに関わる際、兼業農家という立場上、どうしても『家』というものが気になります。兼業農家とは、必然的に家族も動員される家族経営の一種でもあるためです。 自分が長男として生まれた頃に

ゼロから始める伊賀の米づくり35:台風が迫る中、3年目の収穫🌾

2022年9月。今年の稲刈りは、家族3人で取り組むこととなりました。 父から継いだ田んぼでの稲刈りも、これで3回目。 少しは慣れてきたような気がしますが、毎年新たな課題やチャレンジに取り組むことになり、結果として毎年新人のような気持ちで臨んでいます。 今年の稲刈りの、当初の懸念点今年の収穫は、一筋縄ではいかない難しい条件がいくつも重なりました。 まずは、お隣の田んぼから(おそらく)除草剤が飛んできて、我が家の田んぼの一角を枯らしてしまったこと。(詳細と経緯は以下に) こ

ゼロから始める伊賀の米づくり34:今年の出穂と、薬害、土地を守ることについて

今年の出穂を確認!前回、6月半ばからの溝切りの様子を記録にまとめ、 そして、その後の中干しを経て、 7月半ば、ついに今年の出穂を確認できました! こうして今年も、無事に穂が出てきてくれて、嬉しいです。 と、今回はそれだけでは終わりませんでした。 除草剤の被害?稲穂にダメージが何気なく畦道を眺めていると、どこか気になる点が見えました。 歩いていって近づいて見ると、なんと畦道が禿げているだけではなく、家の田んぼの一部の生育が明らかに悪い区画が現れています。 母に尋ね

ゼロから始める伊賀の米づくり31:3年目の田植えの終わりと、家族の新しい形の始まり

前回の記録では、田植え直前に田んぼに水を入れ、水と土を耕して絡ませる代掻きについてまとめました。 今回は、前回までの準備を経て、満を持しての田植えとなります。 田植えのプロセスとしては、JAの育苗センターに苗を取りに行き、田植え機に積んで植える。 シンプルにまとめれば、このような流れです。 今年の初め1月中に苗をJAに注文しておくことで、各農家がその苗を植えることで田植えを行うことができます。 中には、自宅で種籾から苗を育て、そして田植えを行う農家(強者)もいますが

ゼロから始める伊賀の米づくり30:田植え直前、代掻き

前回の記録では、田んぼに水を引き込む水取りについてまとめていました。 今回の記録は、その続きとなる。代掻きについての記録となります。 今年はやや曇り空の中での代掻きスタートとなりましたが、近所の他の田んぼでも続々とトラクターが稼働し始めています。 我が家の代掻きでも、トラクターに活躍してもらいます。 祖父の使っていた、今となってはだいぶ小型のトラクター ですが、まだまだ現役で頑張ってもらっています。 代掻きの場合、普段の耕起と異なる点は、後方のロータリー部分の設定変更

ゼロから始める伊賀の米づくり28:畦塗りをして田植えに備える

農閑期である冬から春にかけては、もっぱら長靴を履いて渇いた田んぼの中へ入り、石拾いをしていました。 田んぼの隅々まで石を拾いながら歩くことで、大地と一体化するような、田んぼの土がどのような状態で、何を訴えているのか、というようなことにも同調できるような心境になってきました。 やがて、早朝に霜の降りる冬から春になってくると、雑草や生き物たちにも変化が現れてきます。 冬の間から生えてきている仏の座(ホトケノザ)は茶色から徐々に瑞々しい緑色に染まり始め、テントウムシも活動が始

ゼロから始める伊賀の米づくり番外編:3年目。米づくりから、森づくりへ

最近、森づくりに心惹かれています。 どうして、兼業米農家が森づくりなのでしょうか。 私が稲を育てる田んぼの近くの神社は、鎮守の森に守られています。鎮守の森には、その地の本来の植生を尊重した森、太古の森の姿が保存されていると言います。それら高く伸びる木、中くらいの木、根元に繁茂する草木という自然の階層、多様性が、長い長い時間と共に循環する森づくりです。 そのような森づくりを行っていきたいと、最近、考えるようになりました。 先日、父の三回忌を終えましたが、その前後で家の仏

ゼロから始める伊賀の米づくり27:冬。農閑期のお手入れ

風が冷たく、強く吹き荒ぶ冬。 9月の初めに収穫を終え、気温も下がり、草木の色合いも黄色や茶色く染まる頃。 農閑期である冬にも、兼業米農家としてはやることがあります。主に、手入れです。 田んぼの手入れ、機械の手入れ、作業場の手入れです。 動作確認のために田植え機のバッテリーを充電している間、屋久島の旅で発想を得たあるものを準備します。 こちら、背負子に籠を設置したものです。 屋久島ではこれに薪用の流木拾いに行きましたが、今回はこれで田んぼに石拾いに行くことにしました。

ゼロから始める伊賀の米づくり26:秋起こしBefore & After

前回の家の片付けの際、作業を手伝ってくれていた祖父と父の共通の仕事仲間・ピンさんがまた不意の一言。 『もう、一度(田んぼ)耕してやってもええん違うか?畦の草刈りだけして、粗〜く鋤いてやったらええ』 それを聞きつけた母も、 『いつ、耕す?』 と食い気味に詰め寄ってきたので、翌日に急に秋起こしを行うことになりました。 秋起こしは、その名の通り収穫後の秋の時期に一度田んぼを耕すことを言います。 稲刈り後の刈った後の株から伸びてきている蘖や、稲藁を鋤き込み、土に還していく

ゼロから始める伊賀の米づくり25:屋根裏から出てきた骨董品『(仮)米選機・万石通し』

前回のコンバインのメンテナンスからしばらくし、落ち着いた頃。 実家の片付けを再開することにしました。 元々、この実家の米づくりを継ぐことになったのも、昨年父が亡くなったことがきっかけです。 9年前に祖父、昨年に父を亡くすことになり、とにかく日々、やるべきことを進めてきましたが、ようやく落ち着けそうなタイミングがやってきました。 いざ、この祖父の工房も片付けていくことにします。 祖父は大工であり、木材の仕入れ等も行っていたようですが、その名残で多くの木材も残っています