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ナシーム・ニコラス・タレブ「身銭を切れ」

「ブラック・スワン」「半脆弱性」著者であるナシーム・ニコラス・タレブの「身銭を切れ」を読みました。

スタートアップを経営している、コミットしている人が面白いと思うポイントを私なりに選んでみました。

身銭を切れ

相手が間違っていることを言葉で完全に納得させることはできない。それを思い知らせることができるのは、現実だけ。現代性の由々しき側面とは、理解するよりも説明するほうが得意な人間がうじゃうじゃと増殖しているという点だ。
身銭を切らないかぎり、進化は起こりえない。生物学でいえば、学習とは、世代間の自然選択というふるいを通じて、細胞レベルに刷り込まれるものだ。身銭を切るという行為は、このふるいに近い。
人間は自分自身や他者の失敗からはそれほど多くを学ばない。一方システムは、特定の種類の失敗を犯しにくい人々を選択肢、そうでない人々を排除することで学習していく。システムは部分を排除することによって、つまり否定の道によって学ぶ。
無能なパイロットの多くは、とっくのとうに大西洋の底に沈んでいるし、危険な悪質ドライバーの多くは、美しい並木道に彩られた地元の静かな墓地に埋葬されている。身銭を切るという行為が、人間の傲慢さを抑制する。

理解するよりも説明する力を重く置きすぎる。人間は失敗から学べず、システムは失敗からその部分を排除する否定の道から改善していく。身銭を切り、失敗し、それを目の当たりにした本人や周りの人間がシステムに取り入れることで成功確率を上げることができるということか。

失敗すればするほど自らの傲慢さを理解し、それが抑制されるという考え方も共感できる。

繰り返すが、人間が失敗から学ぶことは難しく、傲慢になるという前提において、どう学ぶかというのが問われているわけだ。

他人にとって何が良いかを決めつけるな。自分に専念せよ

ハンムラビ法典では、黄金律は自分がしてほしいことを他者にせよと説く。より頑健な白銀律は自分がしてほしくないことを他者にするなかれと説く。白銀律は、他人にとって何がよいかを決めつけず、自分のことに専念するよう説く。よいことよりも悪いことのほうがずっとわかりやすい。何かを取り除く否定の道のほうが、何かを付け加える肯定の道よりも、強力で間違いが少ない。
自分が親にしてもらいたかったことを、自分の子にせよ。

ハンムラビ法典の最も大事にされた律が白銀律であり、それ他人の価値観を気にせず、自分のことに専念しろ。良いことではなく悪いことに注目しろ。何かを取り除く否定の道こそが強力で間違いないが少ないとしている。

スタートアップで言うなら、成功にはまぐれがある。他人の考えを変えさせることはできない。でも失敗には理由があり、自分の考えはいつでも変えられる。自らに専念せよということになるだろう。

アドバイザー、アシスタントを使うな

アドバイスが間違っていた場合の罰則が存在しなりかぎり、アドバイスを生業としている人間のアドバイスは真に受けるな。
アシスタントを雇うな。アシスタントがいるだけで、本能的なふるい分けが利かなくなるし、物事のやり方を説明することに延々と時間を取られてしまう。ただし、活動ではなく自由な時間を最大化し、その基準に従って自分の成功を測る価値観の人には、アシスタントは有効だ。

最近はライフハックや時間単価、生産性向上が重要視されすぎている。自分の時間を多く確保するために、自分でなくても良いことは他社にアウトソースする考えが主流になりつつある。

一方でその大前提として、他人に何かを任せるときには、何を頼むか、どうやるかを説明するコストがあることを忘れてはいけない。そこのコストを無視して他人に任せようとすると自分の時間がかなり奪われることを忘れてはいけない。

また、アドバイザーのくだりだが、アドバイザーはいわゆる身銭を切らない人の代表格であり、責任を取らずに言いたいことをいうことができる。そのような存在だと理解した上で、自分のやりたいことと照らし合わせて、彼らの意見の取捨選択をして付き合う必要がある。

身銭を切らない人、身銭を切る人、他者のために身銭を切る人

身銭を切れ_-_Google_スプレッドシート

少数決原理

少数決原理は、あらゆる非対称性を生み出す。大きく身銭を切っているある種の非妥協的な少数派集団が、たとえば総人口の3,4パーセントとかいう些細な割合に達しただけで、すべての人が彼らの選好に従わざるをえなくなる。
コーシャの人口はアメリカの総人口の0.3パーセント未満なのに、ほとんどの飲み物がコーシャなのはなぜ?すべてをコーシャにすれば、生産者、スーパーの店主、レストランは、コーシャとそれ以外をわざわざ区別しなくてすむ。
コーシャ(またはハラル)食品を食べる人々は、コーシャ(ハラル)認定されていない食品を決して食べないが、それ以外の人々がコーシャ食品を食べる分には何の問題もない。
欧米では、まさしく少数決原理のおかげで、オーガニックフード会社の売上がどんどん伸びている。

なぜ少数派の意見によって世界が変わるのかを示す面白い部分。ある特定の強い信念で行動している人によって、コストを重視するプレイヤーは追従して、そのプロダクトや価値観が浸透していくという考え方。ここではハラルフードが取り上げられている。これが起きる理論は「くりこみ群」という分野らしい。軽くウィキペディアを見たが、かなりむずかった笑


従業員は、市場価値より社内価値が高い人

雇われ期間の長い人間は、従順であるという強烈な証拠を発している。1日9時間に渡って個人的な自由をなげうち、毎日同じ時間にオフィスに着き、自分の予定を二の次にし、仕事でイヤなことがあっても帰宅中に決してケンカをしない雇われ人たちは、従順の証拠を放っている。彼らはよく飼い慣らされた従順な犬なのだ。従業員とは、その性質から、企業の外部よりも内部において価値のある人間である。つまり、市場よりも現在の雇用主にとって価値のある人間といえる。

タレブの辛口発言。ただ社内で良い仕事をする人というのは、企業の中には必要であり、人材価値を否定するものではないのがポイントですね。

説明力の高い人に要注意

トレーダーを雇うなら、堅実な実績を残しているという大前提で、なるべく細かいことがわからないトレーダーを雇え。実世界で必要な知識が、知性を通じて認識できる物事と一致するとはかぎらないのだ。重要だと思いがちな物事が、かえって価格メカニズムの本質から目を逸らせる場合もあるということがいいたい。理路整然とした物語として表現できるものは、おそらくカモを説得するための罠だ。

私自身ここはどう理解したものかを思ってまだ正解とは言えないと思う、と前提をおきつつ。

何かを分かって、説明するということは、何かが正しい必要がある。正しいというのは起きている事象を十分説明できる理論ということかと。なので、そこが不確定である場合、不確定なことをいくら合理的に説明しても意味が薄いのではないかという主張かと思う。

であるならば、今起きていることに対面して右往左往して、その中から最善手と思われるものを打ち続ける人は、おそらく今起きている現象について「分かった」とは言わないだろうということ。つまり、必死に現場でやっている人は「分かっていないことが分かっている」。そうでない人は「分かったということが分かっていない」ということになると、タレブはいいたいのであり、どちらが重要かといえば、前者だろうと。

友だちを作るためには?

友だちを作りたいなら、金持ちは金を持っていることを隠したほうがいいし、学識や学歴も隠したほうがいい。人間は、地位や知識で相手の上に立とうとしない人としか、本当の友だちにはなれない。会話をするうえでは、人間は平等でなければならない。

金持ちになったあとには、有名になったあとには、真の友だちはできないというのことの理由がこれ。

人類の役に立つためには?

人類の役に立ちたい場合のアドバイス。
(1)決して善をひけらかすな。
(2)決してレントシーキングを行うな。
(3)是が非でもビジネスを始めよ。リスクを冒し、ビジネスを立ち上げろ。
レントシーキング
レントシーキング(英: rent seeking)とは、民間企業などが政府や官僚組織へ働きかけを行い、法制度や政治政策の変更を行うことで、自らに都合よく規制を設定したり、または都合よく規制の緩和をさせるなどして、超過利潤(レント)を得るための活動を指す[1][要ページ番号]。またこれらの活動を行う人をレントシーカーやロビイストなどと呼ぶ。
これによる支出は生産とは結びつかないため、社会的には資源の浪費とみなされる。


起業家になれ

金持ちになったら、他人のために惜しみなくお金を使えばいい。社会には、リスクを冒す人々が必要だ。ビジネスは、経済に大規模でリスキーな変化をもたらすことなく経済活動を行えるので、いいことずくめだ。勇気(リスク・テイク)は最高の善だ。世の中には起業家が必要だ。

リスクテイクせよ、ビジネスをはじめよ、善をひけらかすな、ロビリングをするな。まさに起業家たれ!とタレブは言っている。

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