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エモな業務連絡

『ネットワーク・エフェクト』p191 
前半のクライマックスに当たるシーンで弊機は言う。

「こちらの人間たちを傷つけないでください」
Don’t hurt my humans.”

このセリフはいわば警備ユニットとしての業務連絡ですよね。敵を攻撃する調査船の巨大なAI・ARTに向かっての通達で、情緒もへったくれもない無味乾燥な言葉。
しかしこれは、死んだはずのART復活を確認した第一声でもあるわけで。
もし一般的な人間主役のドラマなら、感極まって涙が溢れ、声も出ないシーンになるはず。なのにこのセリフ!

そもそもARTは、モンスター級の情報処理能力と、人間以上に人間的な性格と、物騒な武装を持つ深宇宙調査・教育船。かつて弊機に形態変更を施して護身術を授け、協働して人間を守り、さらには得難いオタ仲間でもある。
弊機にとってARTは、対等に付き合えるほぼ唯一の相手と言っていい。しかし期せずして再会した時には、がらんどうな船のハードのみで肝心の本体はどこにもいない。無敵つよつよキャラなのに、いったい何があったのか。

p81から約100ページ分にわたって弊機の情緒を破綻させ続けたショッキングな事実。認めまいとしていたけれど、様子がおかしい理由をアメナに詰問されて、p148でついに「友人が死んだからです!」と口に出す。
「この船です。この操縦ボットです。友人でした。それが死んだのです。死んだにちがいありません。死んでいなければ船がこんなふうになるわけがありません」

その大事な相手が、文字通り捨て身で戦った末に、ようやく復活して目の前に現れた。そこで言うセリフが、よりによって業務連絡!ですよ。

一応警備ユニットとしての発言ではあるけれど、本気で注意してるわけじゃないと思います。おそらくARTは、敵とプリザベーションの人々を瞬時に区別しているし、弊機もそれを承知しているはず。

第2話の時点で、ARTはプリザベーション調査隊メンバーの写真を入手していた。つまりアラダやオバース、ラッティの顔は知っている。
ティアゴやアメナについても、研究所に調査隊の帰還予定を問い合わせの際に情報を入手している可能性が高い。
だから弊機の呼び掛けは言わずもがな。わかりきっていることをわざわざ言ってみせたことになる。

(もう会えないかと思いました。死ぬほど心配したんですよ)………なーんてケツがモゾモゾするような本心は0.0001ミリも出さずに、無味乾燥な業務連絡を通達する。これをツンデレと言わずに何と言おうか。

ARTもARTで、(おまえのおかげで助かった。苦労をかけて済まない)………なーんて陳腐な本音は0.0001gもみせずに、とりあえず「ばかだね」と返したあとは「機能液でわたしの床を汚した」と文句垂れ。その汚れは、弊機が自分を救うために戦ってくれた証拠なんだけど、あえて無視。礼を言うどころかまさかのダメ出し!!

どっちもどっちのツンデレ・タッグですね。最高!


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