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法泉寺24番から江戸巡礼古道の久那みちを通る秩父札所めぐり

秩父札所の徒歩巡礼では江戸巡礼古道は人気です。

中でも20番あたりから歩くという長尾根みちと久那みちのセットは、ハイキングコース並みの自然あふれるコースです。

秩父札所26番から27番についての紹介で、琴平ハイキングコースからのコースを先に書いてしまっていたので、人気の江戸巡礼古道の長尾根みちで終わってしまっていました。

秩父札所20番、21番、人によっては19番から歩きはじめる人もいるコースです。

江戸巡礼古道のほうは、20番、21番、そして22番は旧跡地を通って23番に行きまして、24番へと続けます。

札所23番から24番近くまでの江戸巡礼古道(長尾根みち)についての記事はこちらです。

それよりも前の道は、この記事に書きました。


ここのコースは、秩父札所25番への久那みちと続けることでハイキング気分が味わえます。

ただし、時間切れになることもありますので、無理せず、ここでいったん、切って次回に回すということも考えてください。

この先もけっこう距離はありますから。

ということで、続きを書きます。

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今回のメインは秩父札所24番法泉寺です。

法泉寺といえば、境内までつづく長い石段です。

116段ありますので、気合をいれます。

石段の手前に心求、はまの道案内の石

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この石段の下にも、心求、はまの道標の石がありました。

みぎ廿四番だったかな。他にも年代がはいっていました。

白山神社と入れ替わりに

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24番法泉寺は、白山神社を抜きに語ることができません。

石段を上る手前にも白山神社のことが書いてありまして、御朱印をいただけることがわかります(前回、すでにいただいているので、今回は札所24番のみいただきました)。

そもそもは白山権現として今の法泉寺のある場所にいて、その白山神社の場所に、札所24番法泉寺が移ってきて、その後、白山神社が場所を奥の山に移動したそうです。

その後、白山神社は下に降りてきまして、法泉寺のそばに建てられました。

石段の手前に法泉寺の説明です。

「この札所は、三間四面方形つくりで、江戸時代中期になるもので、唐様を随所に配した変化のある意匠をこらして妙味のある本堂であります」

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116段のすりへった石段を上りますとすぐに本堂がみえます。山門はないですね。実は、本堂に仁王門があるのです。

今回参拝したら、このような目立つものがありました。

龍泉層塔だそうです。上の方に龍が、ついていますね(トカゲのようにも見える)。

御神木になるのですね。龍のようにみえるコブや隆起がすごいです。

この龍泉層塔の奥に格子戸のような場所がありまして、そこに仁王様がいます。

本堂の入り口が引っ込んでいて出っ張っているところに仁王門の場所としている本堂兼仁王門という変わった形なのです。

前回と同じく、茶筅のようなものが本堂の前にありました。

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いつもの秩父札所の奉納額絵もありました。

恋ヶ窪の遊女の話です。恋ヶ窪と言ったら国分寺ですよね。

「恋ヶ窪の遊女が口中の病にかかりし時、秩父の修業来たりて白山の観音を信じこの楊枝を用ふれば忽ち癒えたり」

この楊枝についてはまた後ほど。

横からもみえる龍泉層塔です。その脇に格子戸になっているところが仁王門となります。本堂に仁王門を取り込む形です。

階段をのぼってあまり敷地が広くないのですが、本堂と一体化している仁王門(山門)で敷地を有効に使っています。

クロモジの木は秋に花が咲く

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本堂の裏手に、クロモジ(黒文字)の木がありました。

ちなみにクロモジは、のど飴にも使われています。

養命酒ののど飴です。

お茶もあります。


このクロモジの木を使った楊枝が、先程の、恋ヶ窪の遊女の使った楊枝なのです。

今も寺務所では黒文字の木をつかった楊枝お守りが売られています。

本堂と一体型の仁王門

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こちらが本堂と一体化している仁王門にいる仁王様です。

格子戸から中を覗いていました。

いろんなお寺に行きましたが、このような小さめの仁王様は始めてです。

厨子の中にはいっていました。

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本堂の入り口からみますと、すぐ横が仁王門です。

ここの仁王門の部分が出っ張っていて、奥に引っ込んだところが本堂の祈りの場になります。

ちなみにご本尊は、聖観音像で、室町時代末期の作と言われています。

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こちらも仁王様は安置されていました。

こちらは厨子が見当たりません。

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本堂に向かって左手にある六地蔵です。こちらは比較的新しいもののようです。

六地蔵の奥に置いてあるお地蔵様のほうが古いですね。

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石段を116段上るだけあって高台になるので、見晴らしはいい場所にあります。

遠くに見える武甲山です。

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石段を上ったところにある水屋と、奥にみえる休憩所。

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こちらが先程から書いている白山神社です。

札所24番の寺務所の裏手にある緩やかな坂を上ると行けます。

前回は、県道のほうから入って坂を上ってこの白山神社の裏手から24番法泉寺に入りました。だから、裏手から入って先に白山神社をお参りすることもできます。

さて、つぎは江戸巡礼古道を通って、札所25番を目指します。


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法泉寺の石段を降りまして、県道を横切り、住宅地のほうに入ります。それが江戸巡礼古道です。

途中に祠があったので、見ていたら、地元の方がこれは火防の神様だと教えてくれました。

秩父は至るところにこのような場所があります。さすが観音霊場のある場所です。

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写真の左端にみえるように「巡礼道」です。

住宅地を抜けたら、山道に向かっていきます。


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前回は、雨が降っている時だったので、ここで引き返して県道の舗装された道を歩きました。

前回は、夏だったのでこの道沿いにある枯れ葉の落ちた木々は緑がきれいでした。

だいぶ印象が違います。

奥は木々が生い茂る林のようになっています。

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前回来た時は、てっきり奥は土の道かと思って、引き返したのですが、ここまでずっと舗装された道でした。ただし秋なので、枯れ葉は多いです。

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木々が生い茂り暗い道ですが、きちんと歩道ができています。

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土の道でも歩道になっていますね。杉木立の後は、竹やぶです。

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竹やぶを抜けたら、まわりにコンクリートの高い壁がありまして、何やら建物があるなという感じがしてきました。

酒作りの森の脇を通る江戸巡礼古道

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高いコンクリートの壁の先は、県道のような広い道の下をとおります。

トンネルを抜けたら、酒づくりの森が見えました。


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「酒つくりの森」観光物産館です。

時間が遅くなってしまっていたので、中には立ち寄っていません。

ここは「秩父錦」の醸造元となる矢尾本店の観光物産館です。

酒蔵見学もできるとか。

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しばらく車道を歩きますがすぐに、巡礼道の標識が見えます。

オレンジ色囲いの手前の土手道を歩きます。

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落ちないように気をつけながら歩きます。その先も土の道です。

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そこを抜けると、舗装されていないのですが、視界が広がる道に出ます。

上の写真は自分が歩いてきた道を写真に撮りました。


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石が並んでいますが、この土の道を歩きます。石が置いてあるより向こう側、隣に入ってはいけないそうです。

この道には、巡礼道の標識がありませんでしたが、先の舗装された道を上っていくと、すぐに道案内の札がありますから安心を。

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このように矢印と江戸巡礼古道、久那みち25番の札があります。

以前は、車道に出ない道だったらしいのですが、そちらの道が通行止めになっていったん、車道に出てからの道になります。

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またもや車道にでます。

ガードレールに逆さまになっていた巡礼道の札を見つけました。

本来の江戸巡礼古道は崩壊して回り道に

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じきに、また標識がでてきます。

ここを左に曲がって歩きます。

法泉寺からは、巡礼坂を目指すということなのですが、巡礼道まで距離があったので、まだかまだかと思いながら歩きました。

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ここは、本来の江戸巡礼古道ではないのですが、宝林院の裏手の道が崩壊してしまったので、この迂回路を通ります。

しかし、このように武甲山はよく見える道なのです。

弁財天の石碑のところを右に歩きました。


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宝林院の裏手の道が崩壊しているというので、どこらあたりなのかと見回しましたが、木々が多くて、わかりませんでした。

巡礼坂で約半分きた久那みち

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馬頭尊の石碑のところに、「巡礼坂」の説明が書いてありました。

ここが巡礼坂なのかとわかった次第。

ここが24番法泉寺と25番久昌寺の道のほぼ真ん中になります。

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カーブミラーに24番と25番を矢印で示している札がありました。

ここの近くは、民宿や旅館などがいくつかありました。

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「旅館はまだ」の手前を右に曲がりました。ここもずっと舗装された道です。

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古い井戸かなと思って、写真を撮っていたら、急に、「モー」という音が聞こえて、牛の鳴き声だとわかりました。


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ここで二股に分かれます。下のほうに向かっていく道です。

江戸巡礼古道と矢印があるので、それに沿って歩きます。

五百沢へ降りていく

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ヘアピンカーブのように舗装された道を曲がっていきますと、途中で、鉄の階段がみえます。

矢印をみると、ここを下っていくようです。

沢に降りていくようです。

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江戸巡礼古道ですから、江戸時代はどうなっていたのか。

今は、このように階段を造ってくれています。この緑色の鉄の階段を下ります。

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ここからはまた、土の道です。ハイキングコースみたいなものです。

小川というのか、沢がみえます。

これが五百沢(いおさわ)なのかと思いました。

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枯れ葉は多いですが、道はわかります。

沢の橋を渡ります。

これからは山を上る感じです。

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すぐそばは、先程のヘアピンカーブを曲がってきた車道なので、車が通っているのがみえました。

しかし、こちらは江戸巡礼古道という枯れ葉道です。

いきなり滑った枯れ葉みち

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ハイキングコースとしては山道を歩いている感じになりますが、なんせ枯れ葉が多い。

枯れ葉だらけの道と、この写真を撮ったら、いきなり足を滑らせてころんでしまいました。

みなさまもお気をつけください。枯れ葉ってすべりやすいのですよね。

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これぞ江戸巡礼古道というような道です。

枯れ葉ばかり見えますが、しっかり道はわかります。

ほかのハイキングコースにありがちな道が突然わからなくなるようなことはありませんでした。


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こちらも歩くべき道はわかるかと思います。

写真だけでなく、現地でも枯れ葉は多いものの歩くべきところは、わかりました。ちゃんと歩道は作られています。

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途中、木が上に倒れているところもありましたが、道自体はわかります。

ここまでずっと舗装された道を歩いていたので、久那みちは、後半が土の道なのだとわかりました。

五百沢の橋を越えたら、ずっと山道みたいなものです。

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やっと枯れ葉がなくなって、すべらない道になりましたが、ここも土の道です。しかし、ずっと歩きやすいです。

竹やぶのトンネルをすぎたら、住宅街に出てきます。

住宅街に出たらもうすぐ久那小学校近くへ

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指している矢印がわかりにくいかもしれませんが、左が25番への道、右が今まで歩いてきた道、すなわち24番への道です。

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住宅街に入っているので、25番はもうすぐです。

廿五番と書いてある石のところに、矢印でここを通るようにとなっています。細い道なのですが、その先にも「巡礼道」の札が下がっていましたのでわかります。


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「巡礼道」の札がみえます。ここからは、久那小学校を目指します。

ここは曲がりくねった道ですが、一本道なのでわかりやすいです。

久那小学校のすぐ先に25番の久昌寺があります。

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