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生きているから、生きているから。

昨日、前髪を切りました。

普通に出歩けなくなってから、もうだいぶ長い時間が経ったように感じています。でも、何となくいつも通っている美容院のメンバーズカードを見たところ、前回切りに行ったのは3月12日であることがわかりました。

ショートヘアの私は、だいたい2ヶ月おきぐらいに美容院に行きます。(ショートヘアだと、もっとこまめに行くものかなぁ)
前髪は伸びるのが早いので、だいたい途中で自分で切ります。くせ毛なのに自分で切るから、ザクザク切りになります。

それで、いつも切ってくれる鈴木さんに「自分で切ったんで、ザクザクなんですよー」なんて、聞かれてもいないのに言い訳のように伝えるのが常です。

昨日、前髪を切りながら、前回もそんな話をしたなと思い出しました。
「そろそろ切る時期だっけ?」という発想に至ってしまったわけです。
確認したら、3月12日。
ああ、そういえば鈴木さんと「次に会えるのはGW明けですかね。その頃にはどうなってますかねぇ」なんて、話をしたっけ・・・。


生きているから、生きているから。

前髪を切ったら、顔まわりが明るくなりました。
パラパラと落ちた髪の毛をチラシの上に集めて丸めながら、「生きていると髪が伸びるんだなぁ」と、当然のことを思います。


そうして廊下に出ると、2ヶ月切っていない、私の遺伝で富士額&くせっ毛のボンバーヘッドの息子がいるわけです。

「おまえ、頭デカくなったな」
とツッコミを入れます。
「生きていると髪が伸びるんだなぁ」と、また当然のことを感じるわけです。


調べてみたら、彼の通っている美容院はホテルの中にあり(高校生のクセに生意気な。。。でもリーズナブルらしい。)、今はホテルが休館しているため休業となっているのが分かりました。


何だろう・・・
家にずっといるので、しょうもないエピソードしか書けないなぁ。笑
でも、生きていることを感じるって、本来はこんなことなのかもしれません。

何か大きいことを達成したり、一つ歳を重ねたり。
そういう感動的だったり情緒的なタイミングに「生きている」を感じるのは格好良いですよね。

でも実際は、生きていれば髪が伸びて、爪も伸びる。シワも増えれば、白髪も増える。そういう、生物としての「当たり前」、格好良さも何もない「当たり前」こそが、「生きている」なのかもしれないと思いました。

そうして部屋にこもり、家にこもります。
自分の命と、周りの人の命と、多くの人たちの命のために。
生きているから、生きているから。

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