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スイッチ 【シロクマ文芸部】

みなさん、こんにちは。
シロクマ文芸部、今回のお題は「花火と手」から始まる創作です。
なかなかハードルが高いお題でした❗️
小牧部長、どうぞよろしくお願い致します。


花火・・・・。
と、手掛かりはマッチ。

過去の財閥であり、日本有数の資産家である「菱川」の令嬢が消えた。
名は華(はな)。
18歳になり、今年から某有名大学に通っていた一見普通の女子大生だった。
と、いうのは表向きの話で。
彼女の周りには常に一般人を装う精鋭のSP が気配を殺してエキストラを演じて守っていたのだ。
それなのに彼女はまるで神隠しにあったように消えた。

犯人は身代金10億を要求してきた。
そんな金は菱川にしてみれば、はした金。
現金を用意しても犯人から追っての指示はなく、
菱川家の現当主は娘を案じて憔悴するばかりだった。


僕は彼女を知っている。
高輪署に配属されて2年ほど経った頃か。
それまで交番勤務であったノンキャリの僕が、
研修という名目で彼女の護衛を命じられた。
まだ巡査だった僕が、だ。
作業服を着て、まるで隠密のように護衛する命令だった。
当時、菱川華は14歳。
僕は庭を清掃する係として菱川邸に配属されたのだ。
華は毎朝庭を散歩すると聞いていた。
その気分転換を邪魔しないよう存在を消せ、と。
命令に忠実に息を潜めて、葉陰から見守るように覗き見た彼女は、
これまでに見たことのないほど美しい少女だった。
そして林の木々はおろか、すべての花々が彼女に従うように頭を垂れていた。
「女王」がそこにいる、と僕は思った。
彼女とは一度だけ言葉を交わしたことがある。
何故だか庭の林に紛れるように泣いていて、
 「大丈夫ですか?」
そう声をかけて、彼女は気丈に
「平気よ」
と、立ち上がった。
そんな強い彼女が簡単に誰かに拐わかされるなんてことがあるだろうか。
下足痕もなく、犯人の痕跡もなく、華は連れ去られたのだ。
マスコミは巨額の誘拐事件だと騒ぎ、テロリストだと煽った。
そうして華の両親である菱川夫妻は、
「娘を取り戻せるならば、10億なんて・・・。すべての財産を失ってもかまいません。だから警察にはこれ以上の関与はしてほしくありません」
と、僕の上司に額づき、一切の捜査は打ち切られのだ。

あれから半年が経った。
菱川華、君は無事なのか?
僕は彼女のことが忘れられない。
そして巡回では必ず彼女の姿を探してしまう。

だが、華の痕跡が絶えるほどに疑念が浮かぶ。
よく考えてみろ。
違和感がないか???
現場に残された物は、花火。
それはどこででも売られている線香花火だった。
あれは10本ワンセット。
それが1 本だけ現場にあるだろうか?
残りの9本は???
どこかで花火した物の残りか?
お嬢様はそんなことはしない、と側近のメイドは証言した。

記録にもない線香花火が一本、充分怪しいじゃないか。
僕は証拠品が保管されている鑑識課を訪れたが、もうすぐ定刻。
受付の担当者はいなかった。
忍んで引き寄せられるように開けた証拠品の段ボールの中には一本の線香花火とマッチ。
マッチ箱には一輪の花が描かれていた筈だったが、途端、命を宿したように蔓草のような模様がグルグルと巻いて、マッチ箱の上に無数の花を咲かせた。
そもそも今時マッチなんて・・・。
開けたマッチ箱の中には一本のマッチ棒しか残っていなかった。
証拠品とか、懲罰とかどうでもよかった。
これは菱川華への道しるべ。
僕は躊躇いもなくマッチを擦った。
炎がチラチラと、立ち上る煙に鼻の奥がツンとする。
視界がクラクラとして体中の力が抜けていくようだった。

 ✿  ✿  ✿

意識が醒めると、辺りは緑に囲まれていた。
「主さま、お帰りなさいませ」
「やっと『とりかえっ子』が戻られました」
どうみても「葉っぱ」にしか見えない。
大小さまざまの野菜たちがバンザイをして踊っているのは奇妙な光景だった。
大きな中華鍋で一斉に炒めたら静かになるだろうか、と思うほど。
ハリー・ポッターで観た小さなマンドラゴラみたいな葉っぱが膝まづいた。
「主様、いえ、現代的には『王様』といえばご理解いただけますでしょうか」 
マンドラゴラは、執事のように青い葉を胸に掲げてかしこまる。
「主でも、何でも、どういう状況だろうかわからないが。君たちのような会ったこともない葉っぱが踊っているのは理解の範疇を超える。要するに、僕は死んだってことなのかい?」
マンドラゴラは首を捻った。
「こちらの世界に戻られたことを『人の死』というのであれば、そうかもしれませんが、主様は元々我らの主様なんです。戻ってこられたのに厭われるとは・・・」
つい、葉っぱマンドラゴラが可哀想になり、黙って話を聞くしかなかった。
そうしてマンドラゴラは壮大な話を始めた。
精霊と人間の子供を取り替えて、その中から王が選ばれる。
戻ってきた僕がそうらしい。
「要するに、僕は元々この世界の者なんだね」
「はい、そして『緑の王』です」
それなら、そういういわゆる転生者とかいうことで納得しよう。
・・・それでもこの葉っぱ姿にはなりたくない。
「私は低位なので、主様がいう『転生者』もわかりませんし、『葉っぱマンドラゴラ』に主様がなるかもわかりません」
旋律した。
どうやら葉っぱマンドラゴラには思考が筒抜けらしかった。
「私にはカノンという名がありますし、私達は緑の精霊です。野菜ではありません。でも野菜を祝福して大きくすることができます」
カノンは胸を張った。
「なるほど」
とりあえず考えを整理しないと・・・。
「そうして差し上げたいのは山々ですが、主様のお嫁様がずっとお目覚めを待っていらっしゃいます」
「嫁!?」
まさか大根とかだろうか???
ちょっとゾッとする。

野菜、もとい緑の精霊達が道をあけると、そこには彼女が立っていた。
「菱川華・・・」
「『花の女王様』です」

〈了〉

このお話は続きが書けそうですね。


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