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good night

 夜が佇んでいた。静けさをも連れて、傍らでただじっとしていた。
 もともとほとんど音のしない部屋だ。明かりも乏しい。けれども窓の外のほど近い場所に確かにあったはずの誰かの気配は、おもむろに冷えてゆく宵闇の空気に熱を奪われたかのようにひっそりと失せていた。静寂ばかりが際立ち、人ひとり分の息遣いと、時折聞こえる冷蔵庫の低い唸りが妙に耳についた。
 一台のバイクが、ほんのわずかな瞬間だけ静けさをかき乱して、此処ではない何処かへ消えていった。そのバイクのそばにはたぶん、賑やかな性質たちの夜がいるのだろう。ごく稀にはそういった存在を羨んでみることもありながら、結局のところこの部屋にかえり、夜を迎えている。強すぎる音と光を避ける時間を生み出す、そんな性質たちの。
 灯かりの乏しい空の向こう側まで行けば明日に会えるといったって、残り僅かな今日を置き去りにしていくほどのことでもない。まぶたを閉じて夜闇に浸る刹那ばかりが安息なら疎むものでもない。
 夜が佇んでいる。また去るべきときが来るまで、ただじっとしている。

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