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意見が違う人と、間を取って「妥協する」のは最悪なのよ

人と意見が違う時に「じゃあ間を取って」という昭和時代の解決方法があった。けどそれって、結局双方が50%ずつ我慢しているという状態だよね。

半分に分けられないものもある(笑)

例えば、あるカップルがいて、女の子の方が「毎週デートしたい。月に4回はデートしたい」といい、男の子の方は、友達との付き合いもあるし、スポーツ観戦もしたいし、仕事を持ち帰る日もあるしで「デートは月1回ぐらいがいいな」と思ってたとする。間を取って「じゃあ間を取って月2回で。隔週かな」というのが昭和の時代の最善策だった。
でもその方法だと、女の子の方は、月4回会いたいのを月2回までに減らされているから、半分我慢してることになる。男の子の方も、4回ある色々なチャンスをのうち、2回を犠牲にしなくてはいけないので、半分我慢してることになる。お互いが半分ずつ我慢しているこの妥協案。「間をとって」というのは、良く考えると、お互いにとって一番良くない解決策なのよね。

私の中高生コースでの課題図書が『7つの習慣 ティーンズ』なんですけど、第4の習慣 win-win を考えるというところで、この妥協というのが双方にとってlose(損)なので、win-winのパターンとするにはどうしたらいいのか考えてもらってるんですが、さすが現役中高生。AもBも100%満足する位置はどこ?と言うとすぐに思いつきます。

正三角形の頂点!

AとBから等距離にある点は、実は、無限に存在する。そのうち、AもBも"100%"満足がいく場合を無理に(笑)考えると、正三角形の頂点になる。そして息子氏の著書『7つの習慣 ティーンズ』ではなく『7つの習慣』を書いた父親の『第3の案』を読むと、win-win の案で素晴らしい解決策は、もっととんでもなく離れたところにあると感じる。つまりAから見てもBから見ても100%以上の距離にあるところの策が、第3の案なのかなと感じるわけ。

この第3の案を思いつくには、様々な条件が必要だと言われている。自分の意見を言っても人格まで否定されない心理的安全性、ゴールの共有や再設定などがあるよね。でも、一番大切なのは、先入観を捨てることだと私は思う。「では間を取って」という昭和な、ワンパターンな、思考停止な、どちらにも損な考えを一回捨てること。

先ほどのカップルの例で言うと、女の子は月に4回会いたいといい、男の子は会うのは月に1回でいいという。で「間をとって2回」という、このクソ凝り固まった先入観をまずは捨てないといけない。
だから「間を取って」というセリフを、双方が半分ずつ我慢することを意味する「妥協して」という言い方にワザと変える。そうすると「そうか、これは妥協なんだ」と嫌な気分になるでしょう? そしたらやっと、別の方法を考えるフェーズに入れるかと思うわけ。

先ほどのカップルなら、例えば男の子のスポーツ観戦に女の子を連れて行く、リアルに会う以外のデートの方法を考える、そもそも女の子が「毎週会いたい」本当の理由を突き止める。そんなプロセスや方法があると思う。
「じゃあ間を取って月2回ぐらいで」というのは、実は両者にとって、最悪の解決策「妥協」なのだと捉えて、むしろその案を避けて解決策を考えることが大事じゃないかなって。

そのためには、そもそも相手が何でそんなことを言ってるのか。本当の、真の原因に迫る必要がある場合もあるかもしれないけどね。

おばちゃんから言わせたら、このカップルは早めに妥協案以外の解決策を取っておかないと、結婚なんかしたら、ずっと妥協策ばかり取る夫婦になるよ(笑)

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