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(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第二十二話】

 食堂はきれいに片づけられており、お義父とう様はお出かけになって、お義母かあ様もすでにお食事なさったみたいで、私と藤孝様は、二人だけで遅めの昼食をとる。

「今日は、こうやってお昼も藤孝様とご一緒出来て、ワタクシ嬉しいですわ。
 お風邪を召した教授には申し訳ないですけれど、時々は先生方もお風邪を引いて、お休みくださったら、よろしいのに」

 私の言葉に、ちょっと笑ってくれたが、藤孝様のご機嫌はナナメのまま。

 藤孝様が早く帰ってきたのは、講義が中止になったからだそうだ。

 いつもは、そういう時も藤孝様は学内に残り、自分で勉強をしていらっしゃるのだけれど、今日は私が早く帰るように言ったから、すぐに帰ってくれたらしい。

「いつも帰ってきたら出迎えてくれるのに、櫻子さんがいないだろ?
 また身体の具合でも悪いんじゃないかと思って聞いたら、松原 鳳雪まつばら ほうせつ先生に、肖像画を描いてもらっているというじゃないか」

 不機嫌な低い声で、温め直された昼食の、カボチャスープを口に入れる。

「一瞬、雅号がごう(※画家の名前)が結び付かなかったが、あの征之介さんだとわかって、僕は血の気が引いたよ」

 チラリとこちらを見て、また同じ質問をされた。

「本当に、せいさんから何もされてないんだね?」

 通算六回目の質問に、私もだいぶ慣れてきたのか、ご飯を食べながら頷いて答える。

「えぇ、そうですわ。 何もされておりませんわよ」

「そうか……。 なら、いいんだけど。
 櫻子さん、充分気をつけて。
 あの、征之介さんという人は、人のモノばかり欲しがる、生まれながらの女ったらしなんだよ」

 全くいいところがない征之介様の説明に、思わず吹き出しそうになってしまった。

松原まつばら公爵のお孫さんなんだけど、昔から器用で愛嬌があって特に公爵に可愛がられていたんだ。
 四つ違いの僕と、一時期よく遊んでいてね」

 藤孝様は少しため息をついて、昔を思い出すように遠い目をした。

「僕が持っているおもちゃや、本なんかをすぐ欲しがって、駄々をこねるんだ。 
 そうなったら、僕は差し上げるしかないだろう?
 それに、中学に上がったせいさんは、ますます器量が良くなって、女にモテるようになると、今度はこの一井家の若い女中を一人残らず、たぶらかしては遊ぶようになった」

 征之介様の過去が、今と繋がる気がする。

 あの美しい切れ長の瞳でささやかれると、誰しもあの方の胸によろめいてしまうのが思い浮かぶ。

「一番怖いのは、それを大人には分からないように、やってのけるところなんだよ。
 人の心に入り込んで、絶妙なウソであざむくんだが……」

 藤孝様は困ったような顔をして、再びため息をつく。

「なぜだか、気になってしまって、昔から嫌いにはなれないんだよなぁ」

 その言葉に納得してしまう。

 なぜか、征之介様のことは放っておけないというか、つい構いたくなってしまう不思議な魅力が、彼にはあった。

「そうなんですの。
 つい、放っておけなくて、川から上がった後も、思わず『ウチにいらっしゃい』なんて声をかけてしまって……」

 言ってしまった途端に、私はみずから出た言葉に青ざめた。

 
 しまった。
 藤孝様には、川でお会いしたことを内緒にするんだったのに。

「……川から上がってって、どういうこと?
 もしかして櫻子さん、今日が征之介さんと初対面じゃないのか?」

 まっすぐ私に向いている藤孝様の目は、その一文字眉とまぶたのすき間がほとんどないくらいに、見据えている。

「あ、あの……えぇっと……」

 私は視線が定まらず、キョロキョロと目を泳がせた。

 もう、私のバカ。
 何とか、ごまかさないと。

 だけど、上手い言い訳は見つからず、私は下を向く。

 無言の藤孝様は、グラスに注いだ水を一気に飲み干すと、ガタンと音をたてて席を立った。

 その音に、身体がビクッと震えてしまう。

「櫻子さん、後で僕の部屋に来なさい」

 これまで見たことのないような、冷たい視線をチラリと向けて、藤孝様は足早に食堂を出ていく。

 一人残った私は、残りの食事ものどを通らず、台所長の福井さんに謝っておくように、給仕をしてくれる女中に伝えた。

 今朝想像していた、藤孝様との甘い雰囲気が、ガラガラと崩れていくような気がする。

 あぁ、藤孝様に嫌われたくないのに、どうしましょう。

 心痛な面持ちで、私も食堂をあとにした。

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