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(創作大賞2024)大正浪漫チックな花嫁は恋する夫とお勉強がしたい【第三十話】
征之介様の話ぶりには淀みがなく、こうやって話ができるようになるまでに、何度もこのことを心の中で考えていたんだろう。
「俺の家も体面が一番大事で、精神を病んだ彼女と結ばれることは許されない。
時折変わった行動を見せるようになった彼女は、精神分裂病(※現在は統合失調症という。幻覚や妄想、興奮状態になるなどの症状もある)だと言われていたが、俺から見ると、何の色にも染まらない純粋な心を持った人で……ずっと好きだったんだ」
長いまつ毛を伏せて、征之介様はそのきれいな口を結んだ。
私と藤孝様は何も言葉が出ず、黙って征之介様の話を聴く。
初恋の女性と、思春期の情動で身体の関係を結ぶが、その恋は実らなかった。
由緒ある華族の家では、精神を病んだ者は、この世にいない者のように隠されてしまうと聞いたことがある。
公爵家の末息子と、名家のお嬢様との恋は、華族社会の闇に引き裂かれたんだわ。
「俺は、愛なんてないと、自分に言い聞かせて。
つまらないこの世の中で、いつ死んでも構わないと思っていた」
あの川で出会った時のような空虚な眼差しの征之介様は、皮肉気に浅く笑った。
淋しさを埋めるように、他の女性と数多く恋愛を重ねたが、満たされることがなかったと言う。
そして、征之介様とは何年も会っていなかったのに、かの人は、あの日曜日の早朝四時頃に、いきなり押しかけたそうだ。
「たまたま泊まっていた画室(※アトリエ)の戸を、乱暴に叩かれ出てみると、すっかり面差し(※顔つき)が変わってしまった寝巻姿の彼女が立っていた」
もう精神は正常になったのに、ずっと家に閉じ込められていて、ようやく逃げてきたと泣きわめいていたらしい。
「昔から遊び部屋として与えられていた小さな小屋で、久しぶりに会った彼女は……話の辻褄も合わず、精神が整っているとは見えなかった」
興奮状態で初めは手を付けられなかったが、根気よく征之介様が話して、ようやく落ち着いた頃、一井家の自動車が来たのを見た女性が、連れ戻されに来たと勘違いしてまた興奮し始め、あんなことになってしまったと、征之介様は説明した。
「……つらい初恋でしたのね」
私は、女性にも征之介様にも同情して、涙が流れる。
「そうだろ?
だから天女のような櫻子に、俺のかわいそうな心を慰めてほしいんだ」
征之介様は先程までの、苦しそうな表情を急に変えて、ニヤリと口の端を上げる。
いつもの冗談をおっしゃる時の口調だ。
想像以上につらい事件の真相だったが、征之介様は心の中で整理をつけて、私たちに事の経緯を話してくれた。
その上、心配かけまいと明るく振る舞うことができるのは、やはり大人なのだと思う。
だけど、大人でもつらいものは、つらいはず。
「いいですわ、ワタクシたち、お友達ですもの。
征之介様をお慰めするには、どうしたらよろしいのかしら?」
私は健気な征之介様の役に立ちたいと、真っ白な寝台に手をついて近くに寄った。
すると征之介様はいつもの慣れた手つきで、すばやく私の肩に手を回し、私の顎を持ち上げる。
きゃぁ! また美男子の顔が近いっ。
「君と口づけのひとつでもすれば……」
ニヤニヤとした顔つきで、回した手には少しも力が入っておらず、明らかにからかっている様子だ。
「征さんっ!」
まじめな藤孝様は、征之介様の戯れに引っ掛かり、後ろから勢いよく私を回収し抱きしめた。
「まったく、油断も隙もないっ」
抱きとめた腕を緩めながら、同情したのを後悔したように藤孝様は睨み、相変わらずの征之介様は脇腹を押さえながら笑う。
いたずらに人の気を引こうとなさる、こういう所が征之介様の悪いところだわ。
お友達ならば、きちんと注意しなくては!
私は藤孝様の手前、思わぬ美青年の抱擁にドキドキしてしまった胸を悟られないように、大きく息を吸った。
そして、すぐに友人の間柄を越えようとしてくる征之介様に、一言モノ申そうと前に出る。
「征之介様! 友人として申し上げますわ。
その、おきれいな顔で手当たり次第に、女子を口説くのはおやめなさいませ」
雰囲気の違う美男子二人が、同時に驚いたように目を開いて私を見る。
よし、ビシッと言ってやったわ。
この勢いで、もう一つ言っておかなきゃ。
「特に伴侶のある方には手を出してはなりませんのよ。
ワタクシが思いますに、征之介様はご自分をもっと大切になさって、ご自身を愛して差し上げることが足りないと思いますの」
「自分を愛する……」
征之介様は笑みをおさめ、きれいな口元を薄く開いたままつぶやいた。
私は、だんだんと真剣な表情になっていく、その美しい顔を見ながら続ける。
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